福山阿部藩
藩主
誠之館
先賢
福山藩
関係者
誠之館
歴代校長
誠之館
教師
誠之館
出身者
誠之館と
交流した人々
誠之館所蔵品
関係者
誠之館同窓会
歴代役員
阿部正道
あべ・まさみち
福山阿部家当主(第12代)
阿部正道 (出典1)


経 歴
生:大正6年(1917年)7月11日、東京西片町生まれ
没:平成23年(2011年)11月22日、享年95歳
昭和16年(1941年)12月 25歳 京都大学史学科地理学科を繰り上げ卒業
昭和17年(1942年)4月〜
 昭和20年(1945年)9月
26〜
29歳
軍隊
昭和21年(1946年)4月 30歳 至誠高等女学校で教師となる
広島青年師範(現広島大学水産学部)勤務
昭和24年(1949年)1月〜
 昭和41年(1966年)3月
33〜
50歳
県立鎌倉高校に勤務
昭和41年(1966年)1月〜
 昭和49年(1974年)3月
50〜
58歳
阿部幼稚園(現・西片幼稚園)を経営
昭和41年(1966年)4月〜
 昭和51年(1976年)7月
50〜
60歳
県立神奈川博物館勤務(準備室から)
昭和54年(1979年)〜
 平成10年(1998年)9月
63〜
82歳
西片町会長
歴史地理学(特に鎌倉街道など古道)を研究
福山誠之館東京同窓会名誉顧問


生い立ちと学業、業績
「私は父(阿部正直)とは異なって、歴史地理学にすすみましたが、これは母方の祖父、阿部正功(分家の棚倉・阿部家)の道を受け継いだようです。
この祖父は、明治時代に土俗学と呼ばれた考古学・民俗学の研究で知られ、鳥居龍蔵博士らと各地をまわった人物です。
大学院に残って研究をと思う矢先に戦争となって、第1回の繰り上げ卒業、翌春から終戦の9月まで軍隊です。
戦後は状況が急変して、それどころではなくなり、教職につきました。
調べることが好きなのは、代々の性格でしょう。
さらには、
祖父(阿部正桓)も父も私も、歩きまわることが好き、自然が好きなのです。」


正道氏は、のち、県立神奈川博物館に勤務、鎌倉街道の考証など研究を重ね、ヨーロッパへも歴史街道を調査に出掛けた。
『かながわの古道』、『鎌倉街道』、『鎌倉の古道』などの著書があり、古道の話となれば尽きない。

父親は、大空に「大気の道しるべ」を求めたが、子は「歴史に埋もれた道しるべ」を求めて古道の研究に情熱を注ぎ続けている。

ご嫡男は
阿部正紘氏。   (出典1)


誠之館所蔵品
管理 氏 名 情報の名称 媒体の名称 制作/発行 日 付
00394 阿部正道 著 「西方町の今昔」 『誠之舎−戦争と占領下の一学生寮の記録−』 誠之舎潺潺会 昭和60年
03307 阿部正道 著 「北海道一周の船旅〜福山藩と蝦夷地〜」 『福山誠之館同窓会報(第6号)』、4頁 福山誠之館同窓会 平成6年
03307 阿部正道 著 「老中阿部正弘の肖像」 『福山誠之館同窓会報(第7号)』、5頁 福山誠之館同窓会 平成7年
03307 阿部正道 著 「福山藩の洋式帆船「順風丸」と「快鷹艦」 −老中阿部正弘と中浜万次郎」 『福山誠之館同窓会報(第8号)』、7頁 福山誠之館同窓会 平成8年
04424 阿部正道 著 「葦陽城」 『誠之館創立百五十周年』 (誠之館同窓会報特別号)、18頁 福山誠之館同窓会 平成16年
7271 福山城博物館 編 『福山阿部家展−受け継がれた武家資料−』 福山城博物館 平成27年


出典1:『日本の肖像(第5巻)』、45頁、毎日新聞社刊、1989年11月30日
出典2:『誠之舎−戦争と占領下の一学生寮の記録−』、文集『誠之舎』編集委員会編、誠之舎潺潺会刊、昭和60年6月28日
2005年2月14日更新:経歴●2005年3月3日更新:肩書●2006年2月21日更新:関連情報●2006年6月1日更新:タイトル●2007年9月27日更新:経歴●2007年10月9日更新:関連情報●2007年11月19日更新:経歴・本文・誠之館所蔵品・関連情報●2008年1月23日更新:関連情報●2009年7月23日更新:本文・誠之館所蔵品・関連情報(削除)●2011年11月24日更新:経歴●2015年12月10日更新:レイアウト・誠之館所蔵品●