正 し い 解 答
インターネットで、故佐藤俊明老師の法話集『佐藤俊明のちょっといい話』を
読んでいましたら、次のような一節がありました。
「いつか新聞にこんな記事が載っ ていたからである。
それは──息子が学校からテスト の答案を持ってきた。見ると、
「お月見…だんご…???」と いう問題で、息子の答えは「供え る」
だったが採点はバツだった。
「正解は?」
と息子に訊ねると「食べる」なん だそうで、息子も腑に落ちない風 だった。」
そういえば以前、宗教評論家ひろさちや先生も講演の中で、
「冬になると池の水が凍ります。 では、春になるとどうなるでしょうか?」
という問題に「池のお魚 が喜びます。」と書いた女の子の 答えは×だった。
と話されていました。この女の子の場合、正解は「池の氷が溶ける。」でなくては
いけなかったのだそうです。この二人の解答は、小学校のテストの問題
という場では×なのかもしれませんが、でも、何かのかたちで○をあげたい
ものですね。
「お月見…だんご…供える」、とても良い考え方ではありませんか。
これらの例は何年も前のことで、今の学校教育では改善されていること
でしょうが、現在の日本では、
「みえなくても お花を供えたい
食べなくても 美味を供えたい
聞こえなくても 話したい
見えざるものへの真心は美しい」
という心は失われつつあるのでしょうか。
ある日のこと、私のもとへ一通のメールがやってきました。
善昌寺のホームページを見た人でしょうか、相談のメールでした。その方は、
五人兄弟で一年前にお父さんを亡くされたそうです。お葬式も無事済ませ、
お骨もお父さんが生前に契約されていた公共墓地に納骨されました。
遺産は兄弟で五等分し、以後の法要は兄弟が順番に主事をつとめて行うように
申し合わせをされたそうです。ところが、五人の兄弟のなかに、自分が主になって
お墓を建てようとかお墓の守りをしようとか、仏壇をつくってお位牌をおまつりしよう
というものがひとりもいないのだそうです。遺産つまり利益を五等分したのだから、
あとの責任も五等分したい、という気持ちが兄弟それぞれにある、
と書かれていました。
「私たちは決して、父を粗末にあつかってはおりません。尊敬の心はもっております。
全員同じです。」ともありましたが、「利益も責任も五等分」という現状が不安で
相談のメールを寄こされたようです。
「利益も責任も五等分」、たしかに数式的には計算があっているようですが、
どうしても割り切れないものが残ります。
