お正月のアラカルト



   門 松 (かどまつ)

  門松は、暮れの二十七・二十八日頃から各家の前に立てられ、
 年が明けると同時に本格の門松となり、一月六日夕方から夜に
 はいって取り除かれる。元日から六日までを松の内というのは、
 門松のある間ということである。門松の風習は、民間から始まった
 ものらしい。門神宅神を祭り、一年中の邪気・悪魔けがれを
 はらい、その年の幸福を願う信仰から起こったものである。
 門松と注連縄(しめなわ)を門飾りともいっている。

   松  まつ

  松は祭り木の略したものともいわれる。松は常緑樹で寿命が
 永いところから、松は千歳をちぎるとか千歳の齢とかいわれ、
 千年の霜雪に耐え、常に緑を保ち、操(みさお)正しく変わる
 ところがないから、めでたい木として用いられるのである。

  竹  たけ

  竹は丈または長の意であるともいう。たけ高くスクスクと
 まっすぐに伸び、色を変えないところからめでたいことに用いる。
 一年に長じ、堅さは木に優り、まっすぐなことは他に比べるものは
 なし。本より末まで節を違えず、枝葉正しく、間の節も整っていて、
 その実は瑞禽鳳凰の食餌といわれ、祝事にふさわしい。

  梅  うめ

  梅は熟れた実の意味か。梅の花は雪や霜に耐えて、もろもろの
 木に先立って花が咲くから、花の兄といっている。世の難儀に
 屈することないこと梅花のように、我が身、我が家の永久繁栄を
 願う心から、年の初めの祝木として用いるのである。


  注連縄 (しめなわ)

  しめなわは新しい清らかな稲わらを尻を切らずに用い、
 左ないによってゆき、紙垂をはさみ、たらして用いるものである。
 神事の神聖と清浄を示す表象として、内外浄穢をくぎるしるしの
 縄である。手力男神が天の岩屋から天照大神を引き出した時、
 布刀玉の命が尻久米縄をもって縄をひき、二度とこの中へ
 はいりたもうなと祝ったことが起源である。


  屠 蘇 (とそ)

  「とそ」とは、白朮・防風・肉桂・蜀椒・桔梗・大黄・烏頭・
 赤小豆等を調合して作り、三角に縫った緋絹の袋に入れ、
 桃の枝につるし、大晦日井戸につけ、元旦に井戸から取り
 出して酒にひたして飲むものである。屠は殺す・ほふるの意
 であり、蘇は魁鬼の名であるといい、邪鬼をほふり、
 人魂を蘇生せしむるという信仰から用いる。

  雑 煮 (ぞうに)  ぞうに

  雑多なものを一緒に混ぜて煮たもの、これが雑煮である。
 雑煮は烹雑が本名とか、保臓が本名とかいっている。
 五臓を保養し病をのぞくという意味から保臓という。多くの
 子芋がつくことから芋、すっきり清白浄潔から大根、
 むつまじく喜ぶ意から結昆布、み宝と通じ末が開くといって
 開牛蒡といったものを、餅と煮て正月の祝食とする。


  鏡 餅 (かがみもち)

 餅を丸く平たく鏡の形に作ったもので、普通に二つ重ね、
 神饌または吉礼に用いる。正月にはさらに昆布や柑子や
 水引や穂俵などを重ねて用いる。


  歯 朶 (しだ)

  し垂るる意からシダという。葉の裏が白いから裏白という。
 潔白を表している。葉が両方から相対して出るから諸向という。
 夫婦の相性を祝う意。小さな葉が羊の歯のように密生している
 から羊歯とも書く。歯は齢に通じて年齢のこと、朶は枝で
 寿命長久子孫繁昌を願うことなど、いろいろめでたい意味が
 あるから祝事に用いるといわれている。


  橙 (だいだい)

  だいだいは冬熟れて黄色くなり、春先になると緑にかえり、
 そのまま置くといつまでも落ちないで大きくなる。代々大きく
 なっていく橙のように、家が代々永く続く、末太りになるように
 願う心から祝事に用いる