誓願に生きる


   私達は、今日はこれをしよう、明日はああしよう、と予定を
 たてて行動することが多いものです。明日の予定、一週間の予定、
 一年の計画。では、一生の計画となるとどうでしょうか。
   仏教では「誓願」ということを大切にしますが、この一生の
 心の計画が、宗教的に純化されたものを誓願といっていいのでは
 ないでしょうか。
   阿弥陀如来は四十八願、観世音菩薩は十大願をたてて
 おられますし、後世に名を残したえらいお坊さま方も皆、誓願を
 たてられました。

   その中で、中国の名僧で、法演禅師(ほうえんぜんじ)という
 方がいらっしゃいました。中国の五祖山住していたので、
 五祖法演禅師ともおよびしますが、この方は、四つの戒めを
 説かれています。

   そのひとつは、「勢い(いきおい)、使いつくすべからず」。
 人間というものは、地位を得たり、権力を得たりしますと、
 やたらとそれをふりかざして、勢いをまきちらすということが
 ありますが、「勢い、使いつくすべからず」というのが、
 その第一です。何においても、調子の良い時にはどんどんと
 突き進みがちですが、勢いにのるあまり、周りの人を傷つけて
 しまうということもあるものです。順調な時こそ、反省し自制
 することも必要です。

   二番目が、「福、受けつくすべからず」。福というものは、
 陰徳、隠れた善行を多くおこなうところに集まってきますが、
 いくらその福分がたくさんあるからといって、湯水のように
 つかうことをやめよう、ということです。
 現在、いろいろな環境問題がたくさんあらわれてきていますが、
 これらの問題も、資源という、地球が気の遠くなるような永い
 年月をかけて用意してくれた「福」を、人間が使いつくそうと
 しているところから起きているようにもみえます。
 水でも、空気でも、「もの」の生命をそまつにしない、ということが
 大切です。「もの」の生命をそまつにする、ということは、結局
 天に「つば」すると自分の頭の上に落ちてくるように、自分の
 生命をそまつにしていることと同じことです。

   第三番目には、「規矩(きく)、行いつくすべからず」。
 規矩、というのは戒律のことです。戒律はこうだ、規則はこうだと
 無理やりにおしつけては、人はみな逃げていきます。いくら規則
 だといっても無理やりに規則ずくめにしてはいけない、ということ
 です。

   一番最後が、「好語(こうご)、説きつくすべからず」。
 いくら良いこと、本当のことだからといって、調子にのって
 いくらでも、こういうこともある、ああいうこともある、と言って
 いると、なんだか物知りのように思われて、いい気分ですけど、
 いくら良い言葉だからといっても、説きつくしてはいけない。
 ちょっと余韻を残してものを言う方がいい、ということです。

   そこで、法演禅師はかさねて、
 「好語説きつくせば、人必ずこれをあなどる。
  規矩おこないつくせば、人必ずこれをわずらう。
  福受けつくせば、縁必ず孤なり。  (注.孤=孤独)
  勢い使いつくせば、災い必ず至る。」
 と、おっしゃっています。

   この法演禅師の教えは、なんだか私たちの心の中を
 見透かしていわれているような気もしますが、仏教では特に、
 正しい信仰を得て、そして誓願をたて、正しく日々の生活を
 おくる、ということが重要視されます。
  仏教に限らないかも知れませんが、正しい目標、誓願をたて、
 その誓願にそって、毎日の生活を正しくおくっていくということは
 私たちの人生を豊かにしていく道ではないでしょうか。