人 生 の 雨


  道元禅師のお歌の中に、

「春は花 夏ほととぎす 秋は月
   冬雪さえて すずしかりけり」

という句があります。 春夏秋冬の各々の環境にとけこんで、
その時々を生かして、暮らしてゆきなさい、というお歌です。

  私たちは、雨が降るから傘がいると思っています。
しかし、ヨーロッパに降る雨は、こぬか雨が多く、傘をささずに
歩いてもあまり濡れないのです。ヨーロッパの映画では、
レインコートの襟を立てて傘なしで歩いているシーンをよく見ますが、
ヨーロッパの雨は小雨だからこそできることなのです。
  また、小雨とは逆に、強すぎる雨でも傘は役に立ちません。
フィリピンの人は、天気予報にあまり関心をもたず、傘を持って
歩いている人は少ないそうです。
では、雨が降ればどうするのかと尋ねると、返ってくる返事は、
「やむまで待ちます。」
フィリピンの雨は、スコールのような激しい雨で、傘をさして
いてもずぶぬれになるのです。そんな処では、やむまで待つこと
が賢明な策です。

  そうしてみると、本来、雨が降るから傘が要るのではない。
傘の要るような雨の時に、傘が要るのです。
  また、人生にもいろいろな雨が降ります。人生の雨は、悲しみ
の涙雨です。
人生の雨に遭遇した時、私たちはどうすればよいか。
こぬか雨なら濡れて歩けばよい。それも案外、風流かも知れません。
こうした小さな雨には、しっかりとこれに耐えるべきです。
  傘の要る雨には、傘を用意しよう。涙の雨には、慰めという傘
が役に立つ。誰か信頼のできる人に甘えて、慰めてもらうのも、
一つの人生を生き抜く方法かも知れません。
  しかし、土砂降りの雨には、傘は役に立たない。
そんな雨にあったら、じっと待っていることです。
そうすれば、いつかは雨はやむ。
それまでしばしの雨宿りであります。永遠に降り続く雨は、絶対に
ないのだから。

  これから寒い寒い冬がやってきます。そんな艱苦をじっと耐え、
一休みしていると、いつの間にか、暖かく、花咲き鳥歌う春が
やってきます。暑い暑いとグチっているうちに、何時しか、涼しい
さわやかな秋を迎えます。

  これが道元禅師の、
「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり」
というお歌の教えであり、我々人間一人一人の人生の姿でもあります。
要は、どんな苦しいことも絶対に永遠に続くものではなく、
どんな幸せも、絶対のものではないことを知らねばならないのです。
                                          ( T.)