道元禅師物語_25 深草興聖寺における道元禅師の教団は順調に
発展していきましたが、比叡山からの圧迫は続き、
また、体制の側に受け入れられることはありません
でした。
 寛元元年(1243)、道元禅師は波多野義重
(はたのよししげ)の招きに応じて、越前志比庄
(しいのしょう)に移ることになりました。
道元禅師、44歳の時のことでした。
道元禅師物語_26 寛元2年(1244)波多野喜重の寄進による修行道場が
完成。はじめは大仏寺と名づけられましたが、のちに
永平寺と改められました。
これが今日の大本山永平寺です。

道元禅師物語_27
道元禅師物語_28 深山幽谷の地、永平寺に入った
道元禅師は、修行道場の規定や諸行事の
制定などを行い、以前にもまして弟子達の
指導に心血をそそぎました。それはまさしく、
恩師如浄禅師の言葉を実践してゆこうとする
ものでした。
道元禅師物語_29
 宝治元年(1247)、波多野義重から書状が届き、
幕府の所在地、鎌倉へと招かれました。
鎌倉では、時の執権、北条時頼と対面し道元禅の
真髄を説きましたが、当時の鎌倉武士達の信仰も
加持祈祷や密教がほとんどであり、道元禅師が
目指した禅による教化は、ここでも理解されることは
ありませんでした。        (道元禅師、48歳)