さて、「飛行機の残骸」に向いました。これは、かつての東飛行場にあり、多分一式陸攻 だろうと思うものがあると言います。途中でちょっとジョーイが道を間違え、迷いましたが、 それくらい獣道に近い道です。かなり揺れて、四駆でないと無理かもしれません。
ヤシ畑が切り開かれて、公園に近い感じに芝生が植えられており、97重爆(・・・帰国後調べたら、 海軍の一式陸攻ではなくて、陸軍の97重爆でした)の残骸が半分土に埋もれた状態で置かれて いました。この97重爆がどういう事情でこうなったのかは判りません。尾翼の部分は少し離れた ところにありました。地上で爆撃されてこうなったのか、着陸に失敗してこうなったのか わかりません。 雨上がりでもあり、なんとなく大量にヤブ蚊がいそうな雰囲気です。蚊よけのスプレーをあちこちに 念入りに吹き付け、ぐるっとまわりを回って写真を撮りました。機体は胴体のかなり前のほうで ポッキリと折れています。後半部分は少し離れたところにあります。どちらもすっかり火山灰に 埋もれていたものを掘り出したものです。長い間、風雨にさらされて、すっかりボロボロです。 それにしても、こんなに小さくてもこれで本当に「重爆」なんでしょうか? 帰国後調べて見ますと、 97重爆の緒元は以下のようになっています。乗員7名、全幅22.50m、全長16.02m、1500馬力 エンジン2基搭載、最大時速476km、航続距離2400km、7.7mm旋回機銃1、7.7mm機銃4、 爆弾1000kg搭載。
これは、アメリカの代表的な爆撃機B29の、航続距離9400km、爆弾9000kg搭載などの数値と 比べると、まことに月とスッポンで、結局日本軍は、太平洋戦争中に4発の爆撃機を実用化する だけの技術力がなかったという事がよく分かります。ペコペコの錆びた機体を見ていると、 なんだか悲しくなってきます。 さて、「ラバウル温泉」に向いました。日本軍の基地があったころ、実際にそう呼ばれていて、 入浴出来るだけの設備があったそうです。デコボコの火山灰を乗り越えていくと、荒涼とした 風景の向こうに活火山の花吹山が迫ってきました。
手前に集落があったらしいのですが、噴火ですっかりやられてしまって、なくなったそうです。 やはり噴火が本当に終わってくれないと、いくら温泉があっても、観光化するメドがつかない のだそうです。
海岸に着いて見ますと、確かに温泉が湧き出ていますが、ほとんど煮えたぎっていて、入るのは 大変そうです。なんでも何年か前、「週刊ポスト」が水着モデルを連れてグラビアの撮影に来て、 なんとかそれらしい写真を撮りましたが、結構大変だったとT君は話していました。 私が写真を撮っていると、またどこからともなくオッサンが現れ、二人で10キナの観光料を 要求しました。400円くらいですね。何もしないでこういう現金収入があるのだから、結構なもの だなあという感じもします。 さて、ただ今午後5時。これで観光ツァー半日コースとしては御仕舞いなんだそうです。 ジョーイは空港の近くに住んでいるらしく、その近くに住んでいるT君を送ってやると言っています。 それで私とT君が晩飯を食い終わる7時半にホテルで再会することにし、ひとまずジョーイを 解放しました。 それからホテルのレストランが開く6時までの1時間、私はT君と雨上がりのラバウルの町を ぶらぶら歩きました。これが一番、今回の旅で楽しかった時間です。 何はさておき、海岸に出てみました。波静かなシンプソン湾が広がっています。写真の左側に 小高い岡のように見えるのが官邸山で、昔はここに山本五十六らが泊った宿舎がありました。 手前の、人が座っている桟橋のようなものは、実は爆撃で座礁した日本の輸送船・小牧丸の 船体にコンクリートを流し込んで、そのまま桟橋にしたものだそうです。
これがラバウルの目抜き通りと言えば目抜き通りです。右側にあるのが道路の真ん中にある 並木です。車の通行量は少ないです。大体ラバウルの人たちはとても愛想がよく、日本で言うと 山歩きの感覚で、すれ違えば必ず「アピヌン」と話しかけてきます。「アピヌン」と言う ピジン英語は、「Good Afternoon」という意味らしいです。
愛想はいいんですが、男は大体、変な木の実と、石灰と、葉っぱをいっしょくたにしたものを 噛んでいまして、この3つが化学変化を起こして真っ赤な液体になっております。その口で ニカッと笑うと、たった今、人を食ったように見えます。この得体の知れないシロモノは、多分 軽い麻薬の一種だと思いますが、水木しげるさんによれば「カナカ・ウィスキー」と呼ばれて いるそうです。このへんの人は人種的にはカナカ族だからだそうです。 途中で海岸にも行ったので、たっぷり30分はかかってしまいました。午後6時近くなっている ので、もう市場は閉まっているかと思いましたが、全然賑やかでした。私はいくつか市場と 称するものを見ましたが、ラバウルの市場が一番面白いと思いました。何しろ、売っているものが 面白い。しかも、ベラボーに安いのであります。5円とか10円です。 一番多いのがイモです。多分、タロイモの類なんでしょう。サツマイモのようなのもありました。 次に何か果物です。他にはヤシの葉か何かで編んだカゴの類、何かの根っこ、石灰、木の実、 等々といったところです。売っている人たちの顔がなかなか印象的であります。これは絵になる なあと思いましたが、どうもマトモに写真を撮る気になれず、腰が引けてしまいました。もしかして いちゃもんをつけられないかなあと、怖かったのです。
でも結局何もなく、楽しく帰途について、また同じ時間をてくてく歩いてホテルに戻りました。 T君と晩飯を食べました。ラバウル・ホテルのレストランはちゃんとした中華です。 味もよかったです。 レストランの天井に大きな飾りがあって、 T君によれば、貝のオカネだそうです。この ホテルに長逗留していた現地の連中が、 滞在費を貝で払ったそうです。ホテルとしては そんなものを貰っても仕方がないので、 仕方なく飾りにしたそうです。 ホテルの部屋はコテージ風で、冷房がしっかりと効いており、居心地は悪くありません。 シャワーのお湯は出ませんでしたが。枕元に日本語のホテル案内があります。日本からの 慰霊ツァーの方がよくお泊りになるからですね。 こうして、ラバウルの夜は静かに更けていったのであります。 |