長州「萩」路紀行

専務理事 中村隆嗣(事務局長)

今年の梅雨も長雨。長いだけでなく、特定の地域で集中豪雨の様子。週間天気予報では芳しくない「天気予報」ではあったが、なかなか時間が取れないので6月30日〜7月1日の土日にかけて萩へ行くことにした。目的は山口県立萩美術館・浦上記念館の開館10周年記念事業「浮世絵に見る風雅と風俗 雅Ga / Zoku」を鑑賞するため。「思いたったら吉日」と、宿泊料金の安い平日にした。日本旅行のUさんに急いで宿を手配してもらった。宿屋の名称がまたふるっている。最近はみんなこの調子なのだろうか。「宵町の宿 萩一輪」といった。菊が浜沿いの宿で、目の前には遠く見島が見えた。見島は離島で、「見島牛」で名高い。砂浜にはビーチバレーのコートがしつらえてあった。何でも、7月の上旬に大会が開かれるとか。

さて、話を戻そう。30日の8時に福山を出発した。天気を気にしながら福山東ICから山陽自動車道へ。ETCを取り付けてもう2年を超えるが、なかなか便利はいい。しかし、一体いくらかかっているかは計算しないので分からない。機械がICで下りる度に料金を伝えてくるが、気にして計算したことはない。従って口座から正しく引き落とされているかも確認してはいない。出勤時間帯の割引サービスも利用せずに、一路防府ICへ向かう。自動車専用道は防音対策で道路わきの壁が高い。従って、運転をしながら周囲の景色を楽しむのは不可能に近い。それでも防音壁がなくて開けているところでは、安全運転に気を配りつつ景色も楽しむ。指定速度で走れば燃費も良いだろうと、定速運転を心がけた。山陽自動車道は山口県の岩国辺りからは車輌の数も減る。運転しやすい道路だ。トイレ休憩などで一気には走れず、間で一箇所宮島SAに立ち寄る。南に宮島を望める展望の良いSAだ。小休止の後、SAを離れる。

最初は「山口ICで山陽道を下りて、山口市内を観光して」と思ったが、カーナビが執拗に「防府ICで下りる」ように指示するので防府ICで下りた。

国道262号に出る。この国道はそのまま萩へ続く道。道路標識通りに走れば、間違いなく萩へ着ける。「曇り後雨」の予想が、外れて太陽が覗く。道なりに北上し9号と合流する辺りに、綺麗な建物が見えた。「山口県立大学」とか。大学といえば、「萩国際大学」は営業不振に陥っているとか。少子化が進む中、大学の数は増えている。学生が思うように集められなければ経営は難しいだろう。

山中で9号と分かれ、262号は北西へ進路をとる。その昔、江戸から明治への激動期、ここ長州萩から素晴らしい人材が育ったが、彼らが通った「萩往還」に沿ってこの国道は萩へ続く。一度は徒歩で、萩から山口まで歩いてみたい、そんな思いを巡らしつつ車を走らせた。山間地を通過するこの国道沿いでは、狭い棚田での稲作を目にした。反対に広い耕作地が荒れている様子も目にした。矛盾を感じたが、耕作する若い衆がいないのだろうか。2度目の休憩を取るために「道の駅あさひ」に立ち寄る。まだ学校に勤めていた時、野外研修と称して理科の教員を引率して何度か立ち寄ったことのある道の駅。懐かしく思い起こされた。

262号は一部「萩往還」から離れるので、バイパスの意味もあり一部往還沿いに有料道路(普通車150円)が作られている。途中の料金所に「道の駅萩往還公園」と「松陰記念館」が設けられている。そこでしばし昼食休憩。萩市内にはこの手の記念館等がかなりある。全部見て回るには時間がかかるし、此処を見るだけでも小一時間はかかる。何せ、書いてある説明文を読みきるのが大変なのである。そこそこに読んで昼食を済ませる頃に雨が降り始めた。阿武川を越えて市街地に入る頃には小康状態になった。「県立萩美術館」は明倫小学校の西に新しく建てられていたが、初めて見る建物ということは少なし10年以上来ていない、ということだ。平日で人影はまばら。駐車場も閑散としていた。建物は床も壁も花崗岩の板で葺かれていた。冷たさはあるが白っぽい石が明るさを醸し出す。

受付で招待券を渡し、入館した。この「招待券」が曲者で、「鑑賞の後、感じたことを書いて提出ください」と添え書きがあった。それがこの「萩紀行」に繋がるのである。花崗岩で葺かれた階段を上り、順路に従って鑑賞した。会期は前期が6月10日〜7月2日まで。後期が7月4日〜7月30日まで。合わせて209点が展示されることになっている。私が訪れたのは前期の終了前になる。浮世絵版画やお伽草子などの本が中心に展示されていたが、どれも素晴らしく見入ってしまう。完成した浮世絵の色が綺麗だった。と同時に、彫師、摺師の技量の高さを認めざるを得ない。髪の毛1本、着物の押し模様など、筆舌し難い。活字の無かった時代の作品、或いは木製の活字が発明されてからの本、ただただ感嘆。説明文を読み、展示品を鑑賞し、と2時間弱立ちっぱなしで疲れたが、鑑賞中は感じなかった。平日で、他に鑑賞中の人がまばらだったのが良かった。自分のペースで鑑賞することができたから。疲れた身体を1杯の珈琲で癒した。客のいないカフェテラスでゆっくりと珈琲を味わった。これで、この旅の目的は達した。これからは私の自由時間だ。

次に訪ねたのが「熊谷美術館」。ここは個人のミュージアム。メインは「シーボルトから贈られた日本最古のピアノ」である。これまでに何度か訪れていたが、「熊谷家住宅」の見学は初めてだった。歴史ある土地を訪れて見る「昔の豪商」の建物は、素晴らしく大きく、広く、風格がある。この熊谷家住宅も例に漏れない。「維持するのは大変だろう」と素朴な感想。この美術館は昔の“蔵”3棟が展示室になっているが、手入れが悪い。「シーボルトのピアノ」だけは、きちんと手入れがされているようで、見栄えがした。今でも音を奏でることができると聞いてはいるが、実演奏は聞いたことも見たことも無い。ただ、以前TVで取り上げられたように記憶している。“シーボルト”と言えば、長崎から江戸への旅の途中に福山市の鞆へ立ち寄っている。その時船で仙酔島へ渡り、ツメレンゲ(ベンケイソウ科)を採集している。その「さくよう標本」が今でもオランダのライデン博物館にあるという。福山にも縁のある人物である。

熊谷美術館へ着く頃にはもの凄い降雨だったが、見学して出る頃には小降りになっていた。次は「吉田松陰」関連施設を、と「松陰神社」へ車を走らせた。県道のバイパスが通り、神社前は様子が変わっていた。「松下村塾」と「松陰幽閉の住居」の2棟を見学する。何時来ても思うことは、「こんな施設から、あの激動期に素晴らしい人材が出たことだ」ということである。江戸から明治に、そして現代日本の礎を作った人々。敷地西の片隅に薩摩・長州・土佐の3藩が密談協議をしたという石碑がひっそり建てられていた。空模様を気にしながら、今夜の宿「宵町の宿 萩一輪」へ向かった。

リニューアル・オープンした宿のようである。外観も内側も新しい。以前「ホテル萩城」と呼ばれていたように記憶しているが。当時、確かに一度泊まった記憶がある。フロント、ロビー共に明るく、従業員の応対もまずまずだった。「明朝8時半から、当ホテルのバスで堀内武家屋敷観光がありますが、いかがされますか」と問われた。折角のサービスだ、「お願いします」と予約し、部屋に案内してもらう。部屋は2階、北向き。窓の外は菊が浜が広がっていた。海開きは既に行われたとかで水に浸かっている家族が見えた。荷物を解き、休憩後浜の散策を・・・と思ったら雨。代わりに温泉に入ることにした。天然温泉だけに24時間入浴可だったが、残念なことにかけ流しではなかった。18時からの夕食は、Yさんは「部屋食ではありませんが」とのことだったが、部屋へ運ばれて来た。適当な量と質で、食べきれたのが良かった。大雨洪水警報が出ている中、沖の漁火を見ながら就寝した。

翌朝、5時半に目覚めた時は雨は小降り。早速温泉へ行く。雨が降っていなかったので露天風呂に入るが、隣の建物や菊が浜からの視線を遮るために仕切りがあり、建物の外という意味での露天風呂。他に客はなく、のんびりと浸かる。萩地域の大雨洪水警報は解除されてなく、空は真っ暗。朝食後もの凄い降雨となった。8時半の観光に出る頃が豪雨の最中。それでもバスの中からの観光、ということで出発する。しかし、時間を守れない人が居る。一度出発したバスが、再度玄関へ。5名ほどが遅れて乗車。その度に仲井さんはお客さんが濡れないように傘をさしかける。これもサービスなんだ。リピーターを呼ぶための。

観光ガイドは当館の会長さん。齢80歳とか。ガイドを生涯の生きがいとしているそうだ。内堀から武家屋敷、見るよりは話を聴いている時間のほうが長かった。それでも今までに知らなかった話や説明を聞くことは楽しい。細く曲がりくねった路地をバスは走ったが、ここ萩の市街地は徒歩か自転車が良い。また江戸時代、攻め込まれても良いように、路地は全て鍵の手に曲がっている。その状況が今も残っているので、車は走りにくい。また、土塀に夏みかんが似合う土地なのだ。夏みかんは緊急食料として栽培を奨励した結果、なのだそうだ。豪雨に濡れながら、高校生の一団が登校していた。萩も歴史を核とした街づくりを進めているようだ。旧市民病院の跡に博物館が建てられていた。40分ほどのガイドつきの観光を終えて宿に戻ったが、雨脚の強さは変わらなかった。

9時半頃に宿を出て博物館へ行ったが、雨は降るし開館時間まで待たねばならない。見学を止めて帰路に着く。「釣りバカ日誌」の舞台となった川沿いを走り、車に燃料を入れるために出光のスタンドを探す。往路と復路は同じ道を通るが、雨脚は一向に衰える気配はなかった。それでも萩市と山口市境近くなる頃には雨も止み、運転も楽になった。萩往還を右手に、左手に望みながら、車は一路山口市を目指す。9号線を左折せずに県立大学前を南進する。道路標識を見つつ右折。一路「瑠璃光寺」へ。ここで「国宝五重塔」を見る。近くは岡山県吉備国分寺の五重塔が同じようだ。彩色はなくシンプル。瑠璃光寺では、周囲の緑の中に佇んでいる。観光ガイドが無料で着くが、あえて呼ばずにのんびり散策。ここも何度訪れたことか。ここから少し引き返し「常栄寺」へ。常栄寺は「雪舟の庭」として有名な寺である。本堂前庭の枯れ山水と裏庭が趣がある。昨夜来の豪雨で遊歩道はまるで川。本堂の回廊も雨に濡れていた。雪舟は、近くは総社に幼少時代を過ごした寺がある。「涙で描いた鼠の絵」で有名な寺である。また、島根県益田市に縁の寺があり、記念祭も行われているようだ。

雨もやみ、太陽が見え始める頃、往路と同じ道を帰路についた。一泊二日の萩路の旅。事故なく無事に帰宅できた。

我が家にも「復刻版 富岳三十六景」があるが、やはり違う。彫りも摺りも、色がまるで違う。展示されていた作品のほうが鮮やかである。顔料の違いなのだろうか。それでも我が家の版画を見ながら、満足している私がそこに居る。わざわざ遠くまで行かなくても近くで鑑賞できれば良いのだが、福山市立美術館に期待できるのだろうか。