豊松閑話(その2)

専務理事(事務局長)中村 隆嗣


 8月21日(日)雨。「全日本折り紙ヒコーキ大会 in とよまつ」開催で、来賓として豊松へ。NPO法人日本宇宙少年団 備後ローズスター分団 代表理事(分団長)の代理出席。米見山山頂は風が強かった。

 遅刻してはいけないと思い、8時半少し前に家を出る。以前、スピード取締り(通称ネズミ捕り)にかかって高額を搾取された痛い体験から、最近は指定速度を守って走っているが、よく追い越される。それでも9時前には豊松に着き、会場となる山頂へ着いたのはほぼ9時。受付は設定されてなく、ただ時間の過ぎ行くのを待つばかりであった。運営委員長に“お祝い”を渡し、1Fの部屋で待機。天候の回復は期待できない。昨日、一昨日と「水ロケット」で、今日は「折り紙ヒコーキか」の思い。

 米見山は玄武岩鐘の山。おむすび状の山容を示している。鉢巻状に作られた山頂への路は、鬱蒼とした杉・檜で覆われている。勾配もかなりきつい。徒歩で上がれば自然が楽しめるのだろうが、その前に息が切れることだろう。山頂に設置された「紙ヒコーキタワー」は約15mの高さがあり、最上階からの眺めは素晴らしい。晴れた日には遠く大山が眺められる。そんな地理的環境にある。ちなみに、北側の展望位置から、眼下に私達の分団のログハウスが柿木に囲まれている風景が眺められた。

 午前10時に始まった開会式。来賓は5名。参加者は30名弱だった。芝生広場にテントを張っての式だったが、雨に祟られた。ヒコーキ大会の開催記念として、「折り紙ヒコーキ博物館」の門田さんが折られた「スペースシャトル」を5名の来賓がそれぞれ飛ばすことで、この大会はスタートした(夜のラジオ放送によると、一位の飛行時間は55秒程度であったとか)。開会式・開会行事が終了後、会場を後にした。

 会場1Fに作業できるように設置されたテーブルに、ラミネート加工された資料が置いてあった。一組の年配のご夫婦が門田さんに「これの余分はありませんか?」と。「余分はありませんが」、「地域に帰ってこれをやろうと来たのですが」、「それなら、この本を買われては」と書籍を紹介されていた。なるほど、地域での活動に折り紙ヒコーキを導入されようと思われて、今日の大会に参加されたのか。ご夫婦で、熱心に折っておられた姿がテントの中にあった。こうして少しずつ、拡がって行くのだろう。宇宙少年団も一朝一夕には拡がらない。市民の認識も期待できない。でも、「堤防も蟻の穴から」の諺のように、遅々とした歩みでも広げて行く事が大切なのだろう。

 まるで螺旋階段のような路を転がるように下ると旧役場裏に出た。初めて通る路だった。ログの作業現場には石井・飯山リーダーが来ていた。雨天でなかなか作業も進まない。遅れて着いた沖藤・石川リーダー。沖藤リーダーが重機を操作して、浄化槽の周囲を整地。庭がかなり広くなった。これで雨が降れば地面も締り、安定してくるだろう。でも、降り過ぎると庭が田のように泥沼化する。ごご、裏の増設部分の屋根材を貼り付ける。雨に打たれながらの作業は能率が悪い。分団長も到着し、背中を雨に打たれながら作業を続けられたが、雨脚が強くなったので中止にした。時間も16時を過ぎていた。山頂で「もうログハウスは完成しましたか」と大会委員長さんに問われたが、今の現状では10月の完成も危ぶまれる。少しピッチを上げなければ成らないと思うのだが。

 今、周囲には山野草が綺麗に咲き始めている。秋の風情だ。なかなか福山では味わえない自然の楽しさがある。完成後は分団活動に精力的に活用し、自然への目の向け方も学ばせたい。「自然との共生」なしに、今後の人間生活は営めない。現場へ行けば、その日に何かの作業はできる。その分だけ完成に近づいている事には違いはない。リーダーの汗が染み込んだログハウスでの活動に夢が広がる。里山での活動、檜や杉林の間伐作業。夢に描いている「ツリーハウス」。周辺の植物採集や昆虫採集からの学び。さらには豊松・野呂川の住民との交流。NPO法人日本宇宙少年団 備後ローズスター分団 としての目標の一つ「21世紀を担う人材育成」が、この地の活動で大いにその成果を上げそうである。

 夢が現実になることを期して「豊松閑話」を終えよう。