和歌山「みなべ梅の里分団との交流会」

専務理事(事務局長)中村 隆嗣

 

 去る8月6・7日、「みなべ梅の里分団」と交流のために、和歌山県南部町清川を訪れた。私は、前日5日に日本宇宙少年団の「宇宙航空分野における広報及び次世代の人材育成のためのリーダー育成会議(以下委員会と呼ぶ)」で決定した「宇宙セミナー」、すなわち「みなべ梅の里分団のリーダー研修」のために先行した。紀勢線特急「くろしお」に乗車して南部駅へ向かった。新大阪駅16時03分発のこの電車が出発する前後に、大阪の街に夕立が降った。暑い盛りの夕立は、土の地面に降る時はよいが、舗装の地面(?)はいただけない。後が蒸し暑くて。カーブの多い路線を走る鉄道は、速度を上げるために“振り子車輌”が導入されている。紀伊水道沿いを通る阪和線・紀勢線は景色には恵まれるが、左右に振られる。心地よい揺れではあるが、乗り物酔いをする人には苦痛であるようだ。

 18時03分に南部駅に到着。一の宮分団長の尾関さんと合流。彼も同じ電車に乗って来た。駅で細川事務局長の出迎えを受ける。委員会主催の宇宙セミナーは20時から予定されているので、先に今夜の宿泊先「鶴の湯温泉」へ向かう。町の公用車で送ってもらう。この分団はある意味公的な性格を持った分団で、町教委がバックアップしている。事務局長の細川さんは県教委派遣の社教主事の肩書きの方、そう現職の教師である。

 尾関さんと急いでの夕食を済ませ、再び細川さんの迎えで本日の研修会場である教育委員会の建物へ案内された。会場には10名程度のリーダーが待っておられた。22時前までの約2時間、水ロケっトの製作について説明と実技を行った。尾関さんが主に指導し、今回は「基本型」について習熟していただくことをねらいとした。和気藹々のなかで所期の目的は達成できたように思う。リーダーが製作された水ロケットは、活動当日試射することとして研修を終えた。22時頃に宿に戻り、温泉で疲れを取った(?)後就寝した。

 明くる6日、備後ローズスター分団が事務局を発つ頃朝食を済ませ、岩本分団長の迎えで本日の会場、「備長炭振興館」(清川)へ向かった。道中、南高梅を収穫したあとの木々が、枝を伸び放題に伸ばしている景色を眺めながら会場へ到着した。すでに分団員やリーダーは参集していたが、昨夜に比べてリーダーの数は少なかった。各自所用があり、なかなか参加できないようだ。(分団員も夏休みで計画があり、午後の交流会への参加者は6名程度と聞いている。)赤松副分団長は、私達の分団顧問三原義男先生ご夫妻を迎えに高野山へ行かれて不在だった(11時過ぎに到着された)。会場の「備長炭振興館」には、この地方の特産品“備長炭”についての資料が展示物とともに多く紹介されていた。中には珍しい物もあり、社会科の学習には最適なように思われた。

 梅の里分団の分団員は中村委員の風船を使った導入の後、昨日リーダーが学んだように尾関委員の指導で“基本型”の水ロケットの製作に打ち込んだ。昼前に実射。清川球場のスコアボードを越えて場外ホームランのロケットも出た。ただ、空気の入れ方が共通ではなかったが、子ども達は飛んだ距離にしか目が向いていなかった。

 11時前に森田分団長と連絡をとろうとしたが、清川は携帯電話の圏外で繋がらない。仕方なく振興館の事務室の電話を借りる。「今海南まで来ている。予定通り白浜に着く」とのことだったので、11時過ぎにみなべ分団のリーダーに白浜までの送りを依頼しているところへ赤松和尚が到着され、「道路が渋滞なので白浜へは行かずに、直接清川へ来ている」と伝えて来られた。もう少し和尚の到着が遅れていたら、すれ違いになるところだった。とは言え、今回の計画の一つがキャンセルされたことになる。

 13時過ぎに「備後ローズスター分団」の集団が到着。みんな疲れた様子も無く会場へ入ってきた。食事に係るリーダーはそのまま道場へマイクロバスで上がって行った。梅の里の分団員で交流会へ残ってくれた子ども達は、ヘリコプターに搭乗するために移動して行った。備後の分団員は早速活動開始。まず事務局長の風船を使った活動から入る。今回の水ロケットは“基本型”ではあるが、梅の里の分団員が製作したものと違うのは、フィンもノーズコーンも紙で作るというところだ。フィンは固くて変形しない物が良いが、できるだけ子ども達が創意・工夫して作り替えができるように紙を使った。従って、バランス上問題もあったが、概ね予想した通りの活動が出来たように思う。距離は出なかったが、自分なりの修正や工夫は出来たように思える。感想文からもその辺りのことが伺えた。ランチャーはしっかりしたものの方が良かった。プラスチック製のランチャーは課題が残る。YACからの貸与されたランチャー、一宮分団所有のランチャーはしっかりしていて飛びも良い。我が分団も石井リーダーがしっかり確認して帰ったから、負けずと劣らずのランチャーが製作されることだろう。期待して待ちたい。

 備後の分団員達にもヘリコプター搭乗の機会が訪れたので、2班に分けてヘリポートへ移動する。ヘリコプターは2人乗りの「ロビンソンR22」。全副7.67m。全長8.76m。全高2.67m。機体重量375kg。エンジン出力124馬力。最大離陸重量622kg。巡航速度176km/h。最大航続距離616km。定員2名。持ち主でパイロットは、梅の里分団のリーダー西山さん。ご好意に感謝しなければならない。

 搭乗前の子ども達、喜々としていた。誰一人「怖いから乗らない」とは言わなかった。今回の活動の最高イベントとなってしまった。他の活動の影が薄くなってしまった。待っている間、「早く乗りたい」という思いを胸にじっと上空を舞うヘリコプターを見つめる目、目、目。回転するローターが巻き起こす風に飛ばされそうになっても、じっと待っていた。一人ほんの数分のフライトではあったが、一生消えない思い出となったことだろう。「乗りたいな〜」と指を咥えて見ているリーダーの顔が、心なしか寂しそうだった。詳細は感想文を読んでいただければ、お分かりになるだろう。

 驚きのもう一つ。ヘリコプターは大人1人で簡単に格納庫へ移動できる、ということだった。丁度重心にあたる所の下部に小さな車輪を取り付けると、簡単で軽く動かせるのである。「うわ〜ぁ!」が正直な感想であろう。

 交流会は16時頃から開始した。梅の里分団の6名の分団員と4名のリーダー、備後の16名の分団員と14名のリーダーと5名の保護者。交えて自己紹介。なかなか思う事が紹介できなかったようだ。備後からは中学生団員が挨拶をした。なかなか的を得た挨拶ができていた。流石は備後の分団員だ。三原顧問の紹介もあった。三原先生は度々遠路参加してくださる。ありがたい事だ。今建てているログハウスが完成すれば、三原先生の私有地をしっかり活用させていただかねばならない。三原先生は交流会途中で和歌山市へ向かわれた。二つの分団の子ども達、それぞれがそれぞれの思いで水ロケットを飛ばしていた。交流会としては、Goodの評価でよいのだろうか。三々五々交流会を締め、マイクロバスに分乗して「故郷道場」へ移動した。夕食はリーダー調理のカレーライス。おかわりいっぱい食べていた。夕食後「MXロケット」の打ち上げのDVDを鑑賞し、外で望遠鏡を使って木星を観望した。光害もなく、散りばめられた星々を眺め、福山の空では味わえない美しさに感動したひと時であった(望遠鏡は清水リーダーがマイクロバスに載せて持参したもの)。その後、「鶴の湯温泉」へバスで移動したが、事務局長の認識違いで営業時間が過ぎていたが、和尚のお陰でゆっくりと温泉を堪能する事ができた。貸しきりバスからマイクロバスの乗り換え時、清川球場でみた星空は本当に綺麗だった。流れんばかりの天の川。天空を横切る流星。星座が分からなくなりそうな位の星、また星。福山では確認さえ難しいかんむり座が天頂付近に輝いていた。ゲンマの王冠がまるでパールの輝きのような煌きを見せていた。その後子ども達は睡魔に引き込まれるように眠りの世界へ・・・・・・。

 貸しきりバスの運転手とリーダーの何名かは本堂に泊まるためにお寺へ。猫が一匹、出迎えてくれた。一日の反省をしながら、次の日が始まる頃三々五々布団へ向かっていなくなっていった。和尚の奥様には遅くまでご迷惑をおかけしました。

 

 二日目の朝、庫裏の部屋で窓を開けっ放して寝ていたら、寒さと騒々しさの中で目が覚めた。みんな本堂で寝ていたらしく、早朝起床。食事係のリーダーはすでに道場へ移動していた。軽トラックにおとな6〜7人が乗って急傾斜道を上がったが、流石に機械、愚痴も言わずに運んでくれた。6時半からのラジオ体操から朝食を済ませ、道場の掃除と片付け。和尚の希望で集合写真を撮り、マイクロバスに分乗して球場へ。マイクロバスに乗るリーダー6人以外は貸切りバスへ。予定より少々遅れて9時頃に清川を出発した。思えば一年も経たない間に、この清川の地に3度も訪れるとは夢にも思わなかったことである。右に左に梅林を見ながら、一路南部ICへ。自動車道に乗れば、あとは一路神戸へ。順調なドライブであった。途中、関空を左手に見ながら大阪の街を下方に眺めながら、12時過ぎに昼食を摂るための“たこや”へ。何となく鄙びた食堂だったが、この店が入っているビルは中国への玄関口、外国航路の乗船場。週1〜2便が出入する時のみ賑わうようだ。食後、再びバスに乗り「防災未来館」へ。夏休みの時節か、入場者も多かったし、一心不乱にメモを取っている子ども達がいた。1995年1月17日午前5時45分(?)、まだ生まれていない分団員もいたが、リーダーも保護者も記憶の中から薄れ掛けていたようだ。改めて地震の怖さ、自然災害の防ぎ様のなさを実感されたのではなかろうか。僅か1時間半の見学ではあったが、何かを感じ、何かを思い、何かを考えたことと思う。人間が自らの科学力で自然を意のままにできるなんて考えること自体、恐れ多いことなのだという事が分からなければ、いつになっても自然の脅威が恐怖となって襲い掛かってくることだろう。自然に対して謙虚であれ、自然と共生できる人間であれ。そう考えるのは私の感傷か。

 最後の見学地を後にして、バスは一路福山へ向かう。天候に恵まれ、交通量にも恵まれて順調な旅。途中のトイレ休憩を挟んでも、定刻より随分早く到着した。子ども達はいたって元気だったが、事務局で感想文を書くには物理的に困難だったので宿題にした。今日(16日)現在、まだ半数の参加者が未提出である。

6日の夜の活動時に、西山リーダーがヘリコプター内で撮った写真のCDを持参くださった。また、「実戦!ロビンソンR22  マンガでわかるヘリコプター操縦法」という漫画を置いて帰られた。写真は新山リーダーがプリントにしてくれた。後日、感想文が提出された時点で参加者に送付したい。マンガは事務局に置いてあるので、希望者は借りて読んで欲しい。また道場で撮った集合写真は、引き伸ばして和尚に送り道場に飾ってもらう予定である。

 ともあれ、福山=南部町往復の長旅。1人の落伍者も無く皆元気で帰福できたことを喜びたい。一人一人の参加者の協力があってこそ、この交流会は成功した。特に色々な場や環境を提供してくださった「みなべ梅の里分団」の副分団長赤松宗典和尚には、深甚より感謝申し上げると共に、奥様にも同じく感謝しなければならない。和尚の「生きる気」が私達に新たなエネルギーを与えてくれた。また、「明日から頑張ろう!」と。

 「来年度は何処へ?必ず参加します」という分団員の気持ちに応えられるように、次の計画を今から練ろうではないか。

 

 最後に、赤松宗典和尚の「ポンポンポン 花の里」から次の文を引用させていただき、拙文を閉じる。

 「宇宙から地球を観れば、地球は小さな小さな星です。山川草木・・・人間等が一つになった小さな生命体です。自分の生命、地球を大切にしてゆきたいと思っています。」

2005年8月16日