「孔子銅像」 00003
阿部正精下賜
銅製 41×18×10 cm
阿部正精下賜 「孔子銅像」


解 説
この孔子銅像は、明代に鋳造された名作と言われている。
第5代
阿部正精公のとき東邸学校へ下賜され、以来歴代の藩主が敬祀していた。東邸学校とは、文政元年(1818年)、江戸本郷丸山邸内に国許の弘道館と同様式をもって建設された「丸山学問所」である。
幕末のころ、この孔子像が福山誠之館へ移され、講堂最上段の間を聖廟(=孔子堂)とし、その奥に虚位を設けて安置した。以後、毎年の開会式には神酒鏡餅をそなえて敬祀するのが恒例となった。
   (出典1)


↓孔子銅像函記
孔子銅像函には、明治16年(1883年)9月付の函記があり、それまでの来歴が記されている。函記は当時の校長若井遜によって撰ばれ、書道教師門田重長によって書かれている。


出典1:『誠之館記念館所蔵品図録』、57頁、福山誠之館同窓会編刊、平成5年5月23日
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