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| 福山藩儒官、藩校誠之館教授 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 生:寛政9年(1797年)2月18日 備後国安那郡百谷村(現福山市駅家町百谷)生まれ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 没:明治6年(1873年)1月11日卒去、享年77歳、西法成寺村小向山に神葬される | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 「門田朴齋」 門田朴斎、備後国安那郡百谷(ももだに)村、山手八右衛門重武の男子(第3子)として、寛政9年(1797年)2月18日に生まれた。幼名は小三郎・正三郎・一時東作・のち字行。字は堯佐(よしすけ)・尭助。諱は惟隣・重鄰(しげちか)あるいは鄰。号ははじめ百溪・緑峯・千々齋、のち朴斎・樸斎・隠居して朴翁、通称は字の尭佐をもってした。 その後幼くして父を失って、母の実家である安那郡法成寺村の大庄屋門田儀右衛門政周(まさかね)に養われて門田姓を称した。 文化5年(1808年)、12歳で菅茶山の廉塾に入り、茶山に愛されて、文政3年1月にはその養子となり菅蕉ムム(かん・しょうりん)を名乗った。しかし7年後の文政10年(1827年)7月、門田政周が没してその家を継ぐため旧姓門田に復した。翌文政11年(1828年)8月、茶山の没後、東作と名乗って上京、頼山陽の山陽塾に入った。従学すること2年。 文政12年(1829年)9月、第6代藩主・阿部正寧に儒官として採用され、同文政12年(1829年)年12月江戸に出府して、江戸丸山邸においてその侍講をつとめ、幼時の阿部正弘の教育にあたった。阿部正寧、阿部正弘、阿部正教、阿部正方、阿部正桓と五代の藩主に仕え学を講じた。 嘉永6年(1853年)ペリー来航に際しては、攘夷(幕末の外国人排斥運動)を説いたため、慷慨の士が四方から踵を接して来訪し、藤田東湖、梁川星巌などとは最も親交があった。上書して幕政を批判したため、正弘公に忌避されて同嘉永6年(1853年)10月15日解職され、ついで翌嘉永7年(1854年)5月帰郷の命を受け福山に帰った。彼の在郷蟄居中も、周防の僧月性、長門の久坂玄瑞など、多くの志士の来訪があり、共に時事を論じて攘夷説を鼓吹ている。 その後文久3年(1863年)、第9代藩主・阿部正方に再び登用され、学政綜理兼侍講として、30余年間正方補佐につとめたが、明治元年(1868年)8月致仕(辞職)し、隠居した。 明治6年(1873年)1月11日卒去。享年77歳。西法成寺村小向山に神葬された。墓誌は小野湖山の撰。 『朴斎詩鈔(2編6巻)』、『葦北詩鈔(4巻)』などの詩集があり、関連書として『備後史談(第8巻)』に浜本鶴賓「朴斎門田尭佐伝」がある。 藩校誠之館から福山中学校(誠之館)で教師をつとめた門田重長は氏の二男。 |
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| 出典1:『誠之館百三十年史(上巻)』、20・23・34・78・79・107・139・350・741頁、福山誠之館同窓会編刊、昭和63年12月1日 出典2:『誠之館記念館所蔵品図録』、64頁、福山誠之館同窓会編刊、平成15年5月23日 出典3:『福山藩の教育と沿革史』、164頁、清水久人著、鷹の羽会本部阿部正弘公顕彰会編刊、平成11年8月20日 出典4:『備後先覚者名鑑(郷土を創った人々)』、25頁、式見静夫編、備後文化出版社刊、昭和35年6月 出典5:『福山藩の文人誌』、89頁、濱本鶴賓著、葦陽文化研究会刊、1988年7月27日 出典6:『郷賢録』、10頁、福田禄太郎著、福山城博物館友の会編刊、平成12年10月1日 出典7:『近世後期の福山藩の学問と文芸』、93頁、福山市立福山城博物館編刊、1996年4月6日 出典8:『明治維新人名辞典』、1013頁、日本歴史学会編、吉川弘文館刊、昭和56年9月10日 出典9:『今昔物語 福山の歴史』、213頁、村上正名著、歴史図書社刊、昭和53年11月20日 出典10:『福山の今昔』、166頁、濱本鶴賓著、立石岩三郎刊、大正6年4月26日 出典11:『門田朴齋「朴齋先生詩鈔」詳解初編』、門田朴齋著、門田正義注釈、門田誠一郎編、吉備人出版刊、2011年7月12日 出典12:『門田朴齋「朴齋先生詩鈔」詳解二編』、門田朴齋著、門田正義注釈、門田誠一郎編、吉備人出版刊、2011年7月12日 |
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| 関連情報1:『備後人物風土記−歴史をつくった人々−』、342頁、村上正名著、歴史図書社刊、昭和52年10月31日 関連資料2:『備後史談(第8巻・第1号)』、「熱血慷慨詩人 朴斎門田尭佐伝」、濱本鶴賓著、備後郷土史会編刊、昭和7年1月15日・・・より連載 |
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| 2005年2月16日更新:本文●2005年4月1日更新:出典●2006年2月3日更新:所蔵品●2006年3月16日更新:本文、所蔵品●2006年11月13日更新:所蔵品●2007年1月24日更新:本文、出典●2007年10月4日更新:関連情報●2008年8月14日更新:本文、関連情報削除●2008年11月14日更新:経歴、本文、出典●2008年11月17日更新:誠之館所蔵品●2008年12月1日更新:関連情報●2008年12月8日更新:本文、誠之館所蔵品●2009年3月19日更新:誠之館所蔵品●2009年3月23日更新:誠之館所蔵品●2009年3月27日更新:誠之館所蔵品●2009年3月30日更新:誠之館所蔵品●2009年10月8日更新:誠之館所蔵品●2009年10月13日更新:関連資料●2010年3月30日更新:誠之館所蔵品、探しています、出典●2010年6月2日更新:誠之館所蔵品●2010年12月10日更新:本文、誠之館所蔵品・展示品●2011年1月13日更新:誠之館所蔵品・展示品●2011年7月26日更新:本文、誠之館所蔵品・展示品、出典●2011年8月5日更新:誠之館所蔵品・展示品●2011年9月20日更新:誠之館所蔵品・展示品、探しています● | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||