四国遍路の小さな体験――2巡目
(その4)
石鎚山から横峰寺へ(2006/10/15〜10/17) (1)伊予西条駅から成就社へ
この2巡目のお遍路で、今春、60番札所横峰寺に参拝すべきところを、遍路道が荒れているかもしれないという情報に恐れをなして、スキップしてしまっていました。
今回、その横峰寺参拝と同時に、石鎚山への登拝を計画しました。
10月15日午後1時過ぎに、伊予西条駅に着きました。大変な人出です。見ると、見事な「だんじり」が何基も駅前広場に勢ぞろいしているじゃありませんか。西条の秋祭りでした。
その勢ぞろいした「だんじり」も出て行ったかと思うと、また別な「だんじり」が入ってきます。「だんじり」が練り歩いているうちは車も停まって待つしかありません。道路は渋滞、おかげでロープウェイ前行きのバスは定刻過ぎてもなかなか現れません。
バスを待つ間、菅笠を持った登山姿の人と退屈しのぎに話をしました。このあとしばらく同行することになるN氏です。やはり、N氏は歩き遍路の経験者でした。バスが遅れて到着する頃には、山と遍路の話に夢中になっておりました。
ロープウェイで山頂駅まで登り、しばらく歩いて成就社門前宿に到着しました。
まだ日が暮れるには早く、N氏と二人であたりの散歩に出かけました。私はもちろん、画材を携行です。登山口に立つ神門を少し下がったところ、木立の間からはるかに石鎚山が姿を現しています。早速、座り込んで写生しました。
夕食時、もうひとりのお遍路さんH氏も一緒に、3人で盛り上がりました。こうやって、すぐ打ち解ける不思議さ、遍路仲間ならではのことでしょう。 成就社から石鎚山を望む
私たちの話に興味をもったらしい登山客がひとり、話の輪に加わってきました。
「あなた方は、なぜ四国遍路しているのか、目的とか動機は何か」というのが、その人の疑問です。
こうした問いには、これまでにもさんざん悩まされてきましたが、的確な答えをもって相手を納得させたことがありません。
このとき、H氏はその人に逆に、次のように反問しました。
「あなたは、なぜ石鎚山に登るのか?」
「そんなことを聞かれても。ただ、登ってみたいからだ」
「それが、あなたへの答えです。私たちはお四国を歩きたいから歩いているのです」
H氏の、見事な問答でした。
(2)石鎚山登頂
翌16日、快晴です。喜び勇んで出発。成就社の標高が約1400mですから、頂上まで600m弱登ることになります。
神門からしばらくはゆるやかな下り、八丁坂鞍部からはよく整備された階段を登ります。ブナの木々が見事です。
しばらくして、前社ヶ森の試し鎖があります。この鎖(74m)を登ると、下りも鎖を使って降りなければなりません。鎖を使って登ったからといって高度を稼げるわけでもなく、まさに自分の力を"試す”だけのもので、ちょっとだけバカをした気分になりました。
しばらくして前面が開け、石鎚の山並みが見事に見渡せます。夜明峠です。山腹の紅葉が見事です。帰りに、ここでスケッチしようと決めました。間もなく、一の鎖です。
鎖に挑戦。33mとのこと。この調子で、少なくとも登りは全部、鎖を利用しようと決めました。
緑の笹原、ダケカンバの白、それに紅と黄色の紅葉が美しい。空は真っ青な快晴です。幸福な気分で登る目の前に、ニの鎖が立ちはだかりました。長い。65mあるそうです。しかも傾斜が結構きつそう。
やっとの思いで鎖を伝わって登攀。息が苦しい。と思う間もなく、三の鎖。前に男性がひとり登っています。頃合を計って、私も挑戦します。これが一番長く、68mだそうです。傾斜もなかなかきつく、短い区間ですが、オーバーハングしたところもあり、トライアングルに足をかけて登ります。これは、ニの鎖だったか、三の鎖だったか、緊張していたせいか、忘れました。
三の鎖を登ると、目の前が弥山頂上(1974m)。
素晴らしい展望です。四国中の山が眺められるのではないか、と思うほど。瀬戸内海まで見えます。しまなみ海道の大橋が見えるという人がいましたが、私にはわかりませんでした。空は快晴でしたが、山々は僅かに霞んでおり、下界は鮮明ではありません。
折角ですから、天狗岳まで足を伸ばします。ここが、西日本最高峰で標高1982mあります。
天狗岳で、一足先に出かけたN氏に会いました。写真を取り合い、二人で弥山に引き帰し、少し早いですが、昼食としました。
紅葉の石鎚天狗岳(1982m)
N氏は、西之川へ下るといって、先に下山しました。私は、2時間近くもたっぷりと弥山頂上にいました。全く寒くありません。 かすむ山並み(石鎚弥山頂上より)
11時半ごろ、下山開始。下りは鎖を使いません。すべて捲道を行くことにしました。紅葉真っ盛りの山道をひとり歩く心地よさ。気分爽快に夜明峠に着き、登りのとき考えていたスポットに座り込み、スケッチします。
夜明峠から石鎚山を望む
成就社まで帰り、午後3時発のロープウェイに乗って、ロープウェイ下の温泉旅館に投宿、本日の活動終了です。 夜明峠で
(3)モエ坂を通って横峰寺へ
翌朝、旅館に無理をお願いして朝食を6時過ぎに摂り、ロープウェイ下発6:56のバスで河口まで行き、ここから横峰寺を目指して歩き始めました。
虎杖橋を渡ったところから登山道に入るべきところを、うっかりしてそのまま車道を行ってしまい、しばらくしてこれはおかしい、バス停河口から1キロもないはずなのに、こんなに車道を歩くのは変だ、と地図を見て初めて登山口を見落としたことに気づき、直ちに引き返しました。
そこには実に堂々とした石の道標が建っているのに、どうして見落としたのだろう。自分ながらバカさ加減に呆れながら、コンクリートで固められた細い急坂を登っていきます。黒森峠まで標高差約600m。
人っ子ひとり出会うこともなく進んでいく道は、覆い被さるように草が延び、これでも道か、という有様ですが、見失うようなことはありません。でも、この道は結構、きつかった。
坂も次第にゆるやかになると、古びた薬師堂があり、しばらくして星ノ森に到着しました。石碑が建っていて、「星ノ森峠又ノ名ハ金ノ鳥居」とあります。
ここからゆるやかに下って行き、間もなく60番札所横峰寺に到着しました。お寺は白装束のお遍路さんで溢れています。春にスキップしたお詫びに、心を込めて般若心経を唱えました。
さて、下りはどの道を行くべきか。納経所の若い僧に聞きますと、車道から遍路道に入ると間もなく崩落した個所がある。「歩けないことはないが、大丈夫とはいいません。自己責任で歩いてください」とのこと。
その、遍路道入口に赤字で立て看板があります。「崩落個所は注意して歩行すること。雨の日の通行は勧められない。石鎚山SA経由の道は通行禁止」という意味のことが書いてあります。
私の計画では、伊予小松駅から電車に乗ろうというのですから、まさに石鎚山SA(サービスエリア)経由の道を通りたい。香園寺奥の院経由の道だと少し遠回りのようだが、どうしようか。まあ、その分岐点まで行って、考えよう。
下り始めると、確かに崩落した個所が3ヶ所ありましたが、黒黄のロープを張ってあり、十分に通る道幅はあります。土砂降りの雨だとかなり危険かと思いました。
横峰寺から3.5キロ地点の分岐点に着ました。SA経由小松駅直行の道はここから下っているが、草が茂り、あまり好ましく見えない。香園寺奥の院の方はやや上りだが、道は快適そう。時間はたっぷりあるし、奥の院経由の道を採ることにしました。
紅葉が始まったばかりの低潅木の木立の木漏れ日のなか、ひとり静かに歩く、ある種の幸福感に満たされました。やっぱりこちらの道を採ってよかった、しみじみそう思いました。
横峰寺から5キロを過ぎた頃、下城との分岐点に出ます。本来は、ここを左折するのですが、ロープが張ってあり通行禁止です。迂回路を通るように、との指示です。指示に従って下城方面に下りました。やや遠回りなったと思いますが、間もなく奥の院に出ました。
香園寺に着き、時間もあるので、山頭火の句碑を写生してから、小松駅に向かいました。
今治まで電車で、そこから福山行きの高速バス「しまなみライナー」に乗り、夕方には無事帰宅しました。僅か3日間でしたが、快晴に恵まれ、最高の登山とお遍路の旅でした。
香園寺境内の山頭火句碑
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