四国遍路ハイライトの旅
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プロローグ
四国歩き遍路2巡目結願したのが、2007年3月でした。それから16年が過ぎ、私は卒寿を迎えました。今日まで、折に触れ、お遍路でのさまざまな想い出が胸をよぎることが少なくありません。
3巡目を、と考えてもとてもできることではありません。折も折、ある旅行会社の企画した「四国遍路ハイライトの旅」というツアーが目に入りました。ハイライトということですから、88ヵ寺全山巡るわけではなく、主要なところ、あえて言えば、参詣しやすいところを選んでバスで巡るというものです。ところどころ観光地も訪ねるという贅沢なというか、けしからぬというか、歩き遍路とは対極にある旅です。
でも、私はこのツアーに申し込みました。気分は「センチメンタル・ジャーニー」です。
というわけで、以前の歩き遍路を記録した小著『四国遍路の小さな体験』と、へんろみち保存協力会編『四国遍路ひとり歩き同行二人(地図編)』、「四国全図(1:350,000)」を持参しました。
ところが、誠に残念なことに、家庭の事情でこのツアーの全行程には参加することができない羽目になってしまいました。
参加できたのは、全行程8日間(2023/03/09〜03/16)のうち、3日目から5日目の僅か3日間だけでした。徳島県の一部から高知県のほとんど、地図でいえば四国の太平洋岸に限られました。いわば、ツアーに遅刻・早退してしまったわけです。
というわけで、誠に中途半端な紀行ですが、ご一瞥いただければ幸です。
1.21番 太龍寺から26番 金剛頂寺を経て、安芸・土居廊中まで(03/11)
昨夜チェックインした徳島駅併設のホテルを朝早く7:00出発、旅行会社の用意したバスに乗り込みます。遍路旅は、どこでもいつでも、このように朝早い。
同行者は20人、うち単独の人が6人、この6人中、男性は私一人。
天気予報では、晴、最高気温は19℃と、この季節としては随分暖かです。
21番 太龍寺へはロープウエーで登りますから、南側からアプローチします。歩き遍路の場合、20番 鶴林寺から那珂川をわたって、北側から遍路道を歩いて入ってきますから、今回は全く初めての道順となります。
太龍寺標高460mまで、約400m登るロープウエーは、これはこれで快適でした。歩き2巡目に参りした舎心ヶ嶽の弘法大師像が眼下に見えます。この像のお顔を拝見するには崖上を上って行かなければなりませんが、当時それは登上禁止でしたのに、無理矢理上っていったことを思い出します。今は、それを上から見下ろす失礼をしているわけです。
その時も同じ3月(28日)でしたが、雨の中の寒い日でした。今日はうって変わって、暖かい一日です。
ロープウエーのなかで、「大先達」の名札を掛けた女性に話しかけました。先達になるまでのあれこれのお話をうかがったすえ、金色の納札をいただきました。裏に「第84回」とありました。84回目に当たる巡拝とのことです。
その先達さんの知り合いらしい男性が来ました。その方からも納札をいただきました。こちらは、なんと第122回とある錦の納札です。もう感嘆の外ありません。
帰りのロープウエイでこの話を、私たちを全行程にわたって案内してくれている先達さんに話したら、その先達さんもご自分の納札を下さいました。なんと、196回の錦納札です!
太龍寺への石段 太龍寺・多宝塔参詣者の誰もがマスクをしているのが、ちょっとばかり異様です。
ロープウエーで下山し、23番 薬王寺へ向かいます。バスは途中、22番 平等寺への入口を通過しますが、ここへは止まらず、国道55号線に入り、1時間半ほどで薬王寺に到着します。
薬王寺ご本尊は薬師如来、はいわずと知れた厄除けの寺院です。厄除け橋をわたって、やや緩やかな女厄坂33段、続いて急勾配の男厄坂42段、これがこの歳の私にとってはなかなかつらい。石段には多くの1円玉が置かれています。参拝者が1段毎にお賽銭を上げながら登っていくからです。
そういえば、思い出しました。歩き遍路一巡目の時、この先、室戸岬を越え、26番 金剛頂寺の先、中山峠遍路道に差し掛かった時、民家から声を掛けられて、1円玉50枚を包装したものを5本もお接待で頂いたことを。
不信心な私は、その1円玉を上げながら石段を登るということをしませんでした。
2巡目の時、お寺のすぐ前にある薬師会館に泊まり、翌朝6:00から本堂で護摩を焚く勤行に参加したことも思い出しました。
薬王寺山門 薬王寺・大楠薬王寺からバスに乗り込み、室戸岬を目指して一路、55号線をひた走ります。この間、札所は1個所もなく、右は断崖絶壁、左は高波の打ち寄せる荒磯、その両者に挟まれた狭い空間の、車の激しく行き交う国道を延々と歩き続けるのが歩き遍路なのです。
しかし、その当時の、懐かしい鯖大師も道の駅宍喰温泉も、ゴロゴロ休憩所も、そしてやっとの思いで到着して泊まった民宿も、バスの窓から確認するいとまもなく、1時間半で通り過ぎてしまいました。
室戸市内のレストランで昼食ののち、バスで24番 最御崎寺へ。お寺の駐車場から少し登れば、早くも本堂に到ります。歩き遍路は岬の方から遍路道を延々と700m以上、標高差150mを登らなければなりません。
土佐、修行の道場の最初の霊場で、納経帳に「東寺」の寺名があり、何故かなと思っていましたが、室戸岬をはさんで東に最御崎寺があり、西に金剛頂寺があるからということでした。
ということで、次は26番 金剛頂寺に向かいます。
金剛頂寺は標高165mの高所にあり、眼下に室戸市街、その先に太平洋が見渡せます。歩き2巡目には、ここの宿坊に泊まりました。すてきな部屋で、春四月でしたが、この年は遅い春で,窓から見える桜はまだ1輪、2輪と咲いているだけ。なによりも室戸の夜の灯が見渡せたのがすてきでした。
次は、遍路巡拝に関係のない観光で、土居廊中を訪ねました。土居廊中(どい・かちゅう)とは、藩政時代の五島家家臣の武家屋敷町並を残す地区をいいます。
観光後、バスに戻り、1時間半ほど掛けて高知市内へ到着、ホテルに入り、本日の巡拝はこれにて終了です。
2.高知滞在、29番 国分寺から33番 雪蹊寺まで(03/12)
今日は少しばかりゆっくりの出発です。ホテル発8:20。 天気予報は曇りのち雨とのこと。最高気温は18℃とのことでしたが、実際には20℃まで上昇し、全くの春気分でした。
まず、閑静な森のなかにたたずむ古刹、29番 国分寺に参詣します。歩き2巡目の時は4月初め、境内のしだれ桜が満開でした。今回は、この桜の木を見いだすことができませんでした。
その後、宏大な高知城、大勢の人で賑わう日曜市の見学。そうでした、今日は日曜日でした。日曜市で昼食ののち、バス駐車場に集合、31番 竹林寺へ向かいます。
竹林寺は五台山という山の上にあります。ここには牧野植物園もあり、1巡目の時も2巡目の時もこの植物園に迷い込み、職員の人に案内されて竹林寺に到達したのでした。
昭和55年に再建された五重塔が見事です。
竹林寺・五重塔32番 禅師峯寺は海岸のすぐ近くにありながら、標高100mに近い高台にあり、見晴らしがとてもよい。これから走る国道とその先の浦戸大橋まで見渡すことができます。眼下には道の両側に沢山のビニールハウスが見えます。
禅師峯寺山門 禅師峯寺から海岸を見下ろす2巡目の歩き遍路の時は、浦戸大橋を渡るのではなく、種崎−長浜間の渡船を利用しました。この渡船は県道278号線の一部で道路扱いです。従って無料です。
桂浜でしばらく遊んだ後、バスは33番 雪蹊寺に着きました。歩き遍路の時、この門前にある遍路宿「高知屋」に泊まったのですが、すっかり立派な宿屋に生まれ変わっているのでびっくりしました。18年前には汲み取り式のトイレでしたが、この門構えではもうそんなことはないでしょう。
親切な女将さんで、その時は夕食までの時間を利用して、お寺のお地蔵さんをスケッチに出掛けている間に下着類の洗濯と乾燥を済ませてくれていました。
遍路宿・高知屋 雪蹊寺・お地蔵さん群今日はここまで。バスに乗ってホテルに帰りました。この高知のホテルに連泊です。
3.37番 岩本寺から足摺岬、そして伊予国へ(03/13)
今朝はまた早い。6:30 朝食、7:45 ホテル出発です。
37番 岩本寺へ向けて土佐自動車道をひた走り。清瀧寺山麓でお世話になった遍路宿、国道56号線沿い須崎の民宿、「道の駅かわうその里すさき」、大雨に悩んだ七子峠、忘れらない想い出の雪椿の影野、それらをすべてスキップして、岩本寺に着きました。歩き遍路では3泊4日を掛けた行程でしたが、今回のバスはこれを1時間少々で通過してしまいました。
高速道路を走ったので、これら想い出の場所は一瞥の確認さえできませんでした。
岩本寺のご本尊は、不動明王・観世音菩薩・阿弥陀如来・薬師如来・地蔵菩薩 の多きにわたります。したがって、真言は五つを唱えることになります。
本堂内陣の格天井画が見事です。
本堂内陣格天井画 岩本寺山門参拝後、バスに乗り込み、中村街道=国道56号線、321号線、県道27号線を経て、足摺岬を目指します。その途中の佐賀大規模公園、入野松原海岸など懐かしい所もあっという間に過ぎ、四万十市に入りました。
目当ては、四万十川にかかる佐田沈下橋です。
この先、足摺岬を目指しますが、その前に土佐清水さかなセンター黒潮市場に立ち寄り、昼食を摂りました。
38番 金剛福寺に到着。足摺岬はすぐそこです。 四国八十八ヶ所霊場会のホームページに、次のようにあります。「岬は、濃緑の樹海と白亜の灯台、それに断崖に砕ける波涛、観世音さんの浄土を連想させ、自然の大庭園に圧倒させられるのだが、ここにたどり着く遍路の旅もまた壮絶を極める。前の三十七番札所から80余km、いまは車で約2時間余、歩いたら約30時間、3泊4日はかかり、四国霊場の札所間では最長距離で、まさに「修行の道場」である。」
金剛福寺本堂・大師堂 足摺岬その後、宿毛市を経て40番 観自在寺に参拝。観自在寺は、1番 霊山寺から一番遠く離れた札所とのことです。更に、左手に宇和海を眺めながら宇和島のホテルに入りました。
私は、家庭の事情で今回のお遍路はここまで。あと伊予・讃岐の札所を巡るツアーの一行に別れを告げ、福山に帰らなければなりません。
僅か3日間、太平洋岸だけのお遍路でした。同行の人たちとも親しくなったのに、誠に残念です。皆様にお礼申し上げます。
次の日、ホテルを朝早く発ち、宇和島から予讃線を経て今治へ、そこから高速バスで福山まで帰ってきました。
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