地域科学80-2
地域科学は何をするのか(1981)

地域科学とは何か
地域科学とは一体何か、地球科学というのは聞いたことがあるが、地域科学という「科学」があるのか、という質問に答えて、私は次のように述べたことがある。
「地域科学という科学はちゃんとあって、英語ではリージョナル・サイエンスといっている。地域学という人もある。交通計画、都市計画、経済学、工学などの分野から、地域問題について統合的に研究しようとする学問である。国際的な学会があって、本部は米国ペンシルバニア大学にあり、日本にも支部がある」(『マネジメント・ガイド』1980. 5月号)

ところが、この説明の後、また別の質問が出てきた。地域科学のことを地域学という人もあるということだが、地域科学と地域学は本当に同じものなのか。もしまったく同じものを指すならば、統一してくれなければ混乱して困る、というわけである。
なるほど、この世の中には経営学もあれば経営科学もある。そして、この両者は全く同じというわけではなく、研究の領域にしても方法論にしても共通したところはもちながらも、かなり異なって受け取られている。
また、社会学と社会科学を同じだという人はいないだろう。同じように、地域学と地域科学は同じなのか、違うのか。

細分化と統合化
ここでもう一度、冒頭の地域科学とは何か、という私の説明に返ってみよう。
この説明だけで地域科学なるものがすんなり分かったというわけにいかないかもしれないが、ただ次のことだけははっきり理解していただけるだろうと思う。すなわち、地域科学は“地域”という総体――このなかには自然も人間もコミュニティも、企業のようなフォーマルな組織も、ある地理的範囲に存在するすべてを包み込んだ総体――をさまざまな科学や工学の方法、知識を駆使して理解し、そこに発生する問題を統合的に解決していこうとするものだということである。
この場合、カギは“統合”という言葉にあり、したがって“学際的(インターディシプリナリ)”な努力を必要とするものである。

ただ、統合化と学際的という2つは、必ずしも同義的に使われるとは限らないので注意を要する。古くから科学の進歩につれて、多くの分科が生まれてきた。取り組むべき問題領域が既存の学問領域(ディシプリン)のいずれにも属さず、その境界(インターフェース)にある場合、そこに学際的な一つの領域が生まれる。
たとえば、物理学と化学の境界に物理化学が生まれ、心理学と社会学の境界に社会心理学が生まれてきた。同じく、地域科学に関連の深い分野でも、経済地理学、社会地理学、地域経済学といった具合にさまざまな分野をあげることができる。

そして、それら学際的分科が(というより、それを専攻する学者たちが)、日を経るに従い、その独自性(ユニーク性)を強く主張するようになる。まず、例外なくそうである。

学問は(学者は)、必ず独自性を目指す。これがこの世界の法則である。独自性の主張は、他の学問領域にはない概念なり方法論なり知識を持たねばならぬ。そのためには、統合より細分化に向かわねばならぬ。
すなわち、学問はますます細分化され、細分化の度合いに応じて専門化が進んでいるとみなされる。学際的領域として生まれたばかりのころの新鮮な驚きと寛容さ、謙虚さを失い、門外漢の近寄るべからざる聖域へと変貌していく。

なぜ今、地域科学か
地域科学は、細分化より統合化をめざす。専門化へ閉じこもるのではなく、共通の問題意識と認識をめざしている。

たとえば、典型的な一つの地域問題をとりあげてみよう。
いま人口1万人ほどの過疎地域に総工費1千数百億円にのぼる大規模エネルギー基地の建設が計画されている。もしこの計画が実施に移されるならば、この地域にきわめて大きな影響をもたらすだろうことは誰の目にも明らかである。

埋め立てと港湾工事、基地建設により自然環境も変わるだろうし、人口の流入、産業構造の変化により地域社会は大きく変動するに違いない。住居の移転とか転職、所得の変化はこの地域の住民に経済的にも心理的にも大きなインパクトを与えずにはおくまい。
交通の流れも変わるだろうし、土地利用形態も変化し、町は数年を経ずして目を見張るほど変貌していくだろう。
行政サービスの面でも、教育、福祉、安全など各方面で対応を迫られる。
建設期間中の騒音、振動、水質汚濁、災害などの危険にも十分な対策が求められるだろう。さまざまな社会的変化のなかで、この地域の政治構造も変わっていく。

こうした社会変動の的確な事前評価と対応策の立案は、既存の学問のどれをとりあげても、1分科でこれをよくこなし切れるものではない。すなわち、総合的なアプローチが必要であり、各科学分野の協力が何より求められる。
いたずらに独自性を主張し、問題領域と知識の細分化を進めていくだけでは、上のような問題は少しも解決されない。各科学分野の協力によってこそ問題は解決される。
この協力は、各分野での蓄積された知識は異なっていようと、いや、異なった専門知識を持つからこそ、それを相互に尊重しつつ、なお“科学”という認識の方法において一致し、共通の言語をもつことに努力していくことによって、はじめて成し遂げられる。

このことを強調して、私は地域学より地域科学という言葉を使いたいのである。同じような考え方に立つと思われるのが行動科学であり政策科学ではなかろうか。
これが、地域科学と地域学は同じものか、という質問に対する私の答えである。

ただ、以上述べたことは地域科学としてのありたいと願う姿である。地域科学は若い学問であり、残念ながら、十分な統合化を成し遂げているとは到底いえない現状である。
地域科学(Regional Science)というより地域諸科学(Regional Sciences)の段階にあるとでもいえようか。同じことは行動科学にもいえるかもしれない。Behavioral ScienceというよりBehavioral Sciences(行動諸科学)であるかもしれない。

地域科学研究所のしごと
こうした考え方に立って、私たちは地域科学研究所のしごとを進めている――地域科学研究所は産能大の付置研究所で、研究員の多くは教員が兼務している――。私たちの研究対象は地域一般という抽象空間ではなく、○○地域という固有名詞をもつ地域社会である。つまり、具体的な地域問題を実践的に解決していくことをめざしている。と同時に、この解決の過程で得られた知識の体系化、普遍化に努力したいと考えている。
特に、客観的な観察、数量的分析は、私たち研究所の特長としてこれからも伸ばしていきたい。

これまで私たちが手掛けてきたしごとの多くは、諸官庁、民間企業、および他研究機関からの委託調査やシステム開発である。最近の事例をいくつかあげてみよう。

・人口急増に悩む首都圏の特定農業地域における開発整備計画(人口、土地利用、産業構造の現状分析と予測、計画構想)
・西九州離島における大規模エネルギー基地計画に伴う地域への社会的経済的影響の評価
・特定都市総合計画立案のための住民意識調査と人口予測
・特定町の基本構想・基本計画の立案、及びこれに関連する土地利用計画と交通体系計画
・緊急時における地域食料需給情報システムのあり方についての基礎的研究
・大規模量販店出店に伴う当該商圏への影響評価と地元商店街のとるべき対応策
・消費者の購買行動の地域差の分析と、それを考慮した商品の提供と提示の研究

こうした委託調査研究の成果を整理し、一層これを深めていくために、また新しい研究分野を切り拓くために、研究所としての自主研究に取り組んでいる。
これまでに実施してきたテーマ、更に今後も取り組んでいこうとしているテーマのうち、主要なものをあげると、次のようなものがある。

・地域開発における紛争要因とその構造に関する研究――いくつかの事例研究を中心にして――
・都市変動のシミュレーション・モデルの開発――行政職員研修/意思決定支援のためのツール――
・地域分析と計画のための地域情報データベース・システムのコンセプト構築
・コミュニティ・レベルの計画手法の研究開発――地区計画制度の適用可能性などを含めて――

こうしたしごとを進めていく私たち地域科学研究所スタッフが、また専門各領域に広くまたがっている。経営工学、都市工学、そして経済学、心理学、統計学、さらには会計学、マーケティング、コンピュータ・サイエンスと、学際的協力と統合的アプローチを自ら実践せざるを得ない環境に置かれている。
地域科学の具体的なアプローチは、これから私たち自身が切り拓いていかなければならない課題なのである。

現代社会と企業
現代の社会は、きわめて複雑なからみ合いのなかで動いている。どの企業をとってみても、対社会・対地域との的確な対応なしには発展も存続すらもないといってよい。 現代のマネジメント上の問題のうち最大のものは、企業組織体外部との境界に発生している。貴重なエネルギー、環境汚染の問題、そして何よりも地域住民の市民意識と運動の高揚にみられるように、ひとつの行動はその影響が何重にも波及し、また逆波及して跳ね返ってくる。 みんなが狭い空間と加速された時間のなかでせめぎ合っているのだから、他を考えずに自己の生き方を決めることはできない。地域問題は、企業にとっても人ごとではないのである。
私たち地域科学研究所では、そうした企業に少しでもお役に立ちたいと願って活動している。
(産能大通教機関紙『ディベロップ』224号 1981. 10月号)

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