フリッツ・ライバー『放浪惑星』

永井淳訳、東京創元社(創元推理文庫)、1973年


「創元推理文庫」というシリーズに入っているが、訳題から想像できる通 り、SFである。1964年度のヒューゴー賞受賞作。
原著は、
Fritz Leiber, "The Wanderer", Ballantine Books, 1964.


原題の「The Wanderer」について、作中人物が解説してくれている。

惑星[プラネット]という名詞はだね、ミス・カッツ、ギリシャ語のプラナス タイ、すなわち、さまようという動詞に由来する言葉なのだよ。本来惑星とい うのは、ただ単に《放浪者[ワンダラー]》という意味だった。つまり恒星間 をあちこちさまよい歩く物体を指していたわけだ(62ページ)。

というわけで、原題は、「惑星という名詞が意味するもの」を意味してい る。『放浪惑星』という訳題は親切ではあるが、冗長だ。

まあ、作品のタイトルだから、少々の逸脱は許されるのである。本文中で は、上に見たように(無難に)「放浪者」と訳してある。『放浪者』とか『あ ちこちさまよい歩く物体』では一目でSFと判断できないから、こういう説明的 な訳題になったのだろうと憶測できる。なんたって「創元推理文庫」なのだか ら、『放浪者』ではロードノベル風の犯罪小説やら警察小説と誤解されかねな い。

もっとも、ジャケッ トを見れば、誤解の余地はないんだけどね。


この作品の頭には、4つのエピグラフが掲げてある。そのうち3つは、

●ウィリアム・ブレイク「虎よ、虎よ」
●「ヨハネ黙示録」
●オラフ・ステープルドン『スターメイカー』

早熟の中学生が見栄張って選んだみたいな、史上最強というか最悪クラス の取り合わせだ。「ヨハネ黙示録」は破滅物では定番。ブレイクの「虎よ、虎 よ」は、ベスターの同題の作品でSFファンにはおなじみ。『スターメイカー』 を引っ張り出してきたのは偉い。しかし、残りの1つがもっとすごい。一番最 初に引用されているのは、

●E・E・スミス『第二段階レンズマン』

なのである。『レンズマン』が、ブレイクや黙示録やステープルドンと同 列に並んでいるのだ。SFファンなら、感動にうち震えるか、笑い転げる他ない 「これぞSF」な選択。当然ながら、筆者はライバーに惚れ直した。


普通の小説でこんなコテコテのエピグラフを使ったら物笑いの種になるだ けだが、こういう大仰さ、「早熟の中学生っぽさ」はSFには不可欠の要素のひ とつである。中身と落差があればあるほど良い。

サミュエル・R・ディレイニー『アインシュタイン交点』(伊藤典夫訳、ハ ヤカワ文庫、1996年)は、『フィネガンズ・ウェイク』とエラスムスの『痴愚 神礼賛』の一節を、冒頭に引用している。これも作家の信頼度を失墜させる、 命取り的に絶悪な取り合わせだが、ディレイニーはSF作家だから全然構わない のである(それどころか、大歓迎)。

『アインシュタイン交点』は、他にも大袈裟なエピグラフの宝庫だ。ロー トレアモン、ジュネ、サルトル、サド、ヨハネ黙示録、プロティノス、イェイ ツ。これがSFじゃなかったなら、史上最悪のエピグラフ本の1冊として殿堂入 りは間違いない。


BOOKS | HOME
Copyright (c) 1998-2001 Kiwada K.
Last Modified : Dec 6, 2001