October,1999 (2)

今月の御題目

有機栽培とバイオダイナミクス
 今、各方面で取り沙汰されている環境問題。21世紀を目の前にし、この地球の自然を大切にしようとする意識が強まってきました。
 1990年代に入り、ワインの世界もこの問題に取り組む生産者が増えています。今回は、そんな造り手達について、紹介します。

有機栽培(なぜ農薬はいけないのか?)
 ブドウの樹にとって、生命を支える根。自然というのは面白いもので、ブドウの樹は、ミネラルや養分を求め地中奥深く根を伸ばすそうです。しかしながら、化学肥料を散布することにより、土の表面から浅い部分にしか根が伸びなくなる。化学肥料のみに頼るようになった樹から生まれるワインは、その土地の個性を表しにくくなるようです。
 また農薬が土壌に与える影響。除草剤等の使用により、土の中の生物や昆虫(益虫)が死滅し、生態系が崩れます。土の力が失われ、土地固有のテロワールが薄らいでいくことが懸念されています。
 左の写真は、カリフォルニアで徹底した有機栽培を実践するフロッグス・リープ。自然の生態系を大切にする彼の畑では、フィロキセラ・タイプBに免疫のないAXR#1という台木を使用しているにもかかわらず、新種のフィロキセラの影響を受けていないということです。

ビオディナミの指導者的存在、ニコラ・ジョリー

 ワイン関連の本を読んでいると、「ビオディナミ」という言葉が目につくようになりました。「はて?ビオディナミとは。」
 正確には「Biodynamiques」バイオダイナミクスというそうで、いわゆる自然農法のこと。これは、1924年にオーストリアの思想家ルドルフ・シュタイナーが提唱し、ボルドー液と硫黄を除く、農薬や化学肥料の使用を禁止し、代りに植物を煎じたものや、動物の堆肥を肥料にします。

 有機栽培と違うのは、有機肥料を与え土地を肥やすよりも、土そのものの活力を最大限に発揮させる事に重点が置かれていること。そのために天体が地球の自然環境に与える影響を重視し、月の満ち欠けや星座、天体の動きに合わせてブドウの植樹や剪定、収穫時期の決定をするということです。

 この農法を1980年に実践し、今では指導者的存在となっているのが、ロワールのニコラ・ジョリー氏。彼はブドウ栽培だけにとどまらず、醸造においてもあくまで可能な限り人の手を加えない人物。数々のコラムを読んでも、現代的なテクノロジーの排除、アペラシオンの個性の追求という意味において、その理論には頭が下がる思い。しかしながら、あまりに非科学的、そして中世の黒魔術的という批判もあるようです。

(ニコラ・ジョリー氏の来日時のレポートが、日本ソムリエ協会のホームページに掲載されています。参照して下さい。)


France-Val de Loire


Savennieres Roche aux Moines Clos de la Bergerie
サヴニエール・ロッシュ・オー・モワンヌ・クロ・ドゥ・ラ・ベルジュリー

サヴニエール 白 (シュナン・ブラン)
('93 \4,500)

Savennieres Clos de la Coulee de Serrant
サヴニエール・クロ・ドゥ・ラ・クーレ・ドゥ・セラン

サヴニエール 白 (シュナン・ブラン)
('94 \6,800)

 アンジュ市の南西、ロワール河の右岸に位置するサヴニエール。ニコラ・ジョリーは、この地に本拠を構え、数々の銘醸ワインを生み出しています。

ロッシュ・オー・モワンヌ’93:粘板岩に覆われた丘の急斜面に位置するロッシュ・オー・モワンヌ(30ha)は、クーレ・ドゥ・セランと並ぶこの地区の名畑で、この2つは独自のAOCとして認められています。
当然、素晴らしいワイン。花梨やレモングラスといったアロマに、ハーブ香。きっちりとした酸味、ドライな味わいと複雑性。これがジョリー氏の言うサヴニエール、そしてシュナン・ブランの個性なのかも。

クーレ・ドゥ・セラン’94:サヴニエールにある、たった5haの名畑「クーレ・ド・セラン」。その歴史は12世紀にシトー派修道士がブドウ栽培を行ったことに遡ります。ニコラ・ジョリーは、その畑を単独所有。
 94年という年のこのワインは、まだ飲むには早いと思ったのですが、十分満喫することが出来ました。気品のある香り、高めの酸と芳醇な果実、ふっと蜂蜜のような甘味も感じさせます。すべてにおいて複雑さと調和を両立させたワイン。鮮やかな黄金色のワインには、多数の酒石が輝き、ロワールの風光明媚な情景を彷彿とさせてくれました。
(ドメーヌ・ニコラ・ジョリー)



南半球のシンデレラワイン

 ワイン評論家のタンザーが激賞し、瞬く間に世界中のワイン愛好家の注目の的となったニュージーランドのワイン。それがプロヴィダンス。ある人はこのワインをニュージーランドの「ル・パン」だと言い、カベルネ・フラン・ベースのプライヴェート・リザーブを「シャトー・シュヴァル・ブラン」に喩えたとか。いずれにせよ、今南半球で最も騒がれているワインかもしれません。

 セパージュは、プロヴィダンス「メルロー70%、カベルネ・フラン20%、マルベック10%」、プロヴィダンス・プライヴェート・リザーブ「カベルネ・フラン66%、メルロー33%、マルベック1%」、この比率は、あの「シャトー・シュヴァル・ブランにあやかるもの。ただしプライヴェート・リザーブについては、本来自分たちで楽しむものだったらしく、93、94年という年は、わずか1樽しか造っていないとか。

 このドメーヌのオーナーにして醸造家であるジェイムズ・ヴルティッチ氏の本業は弁護士。畑仕事に関しては同好の士4人があくまでホビーとして手伝ってくれるといいます。ニュージーランドの北島、オークランドの北60キロのマタカナに1990年6月に2haの土地を購入。そこから生まれるワインは年間たったの800ケース。そして、やはり注目すべきはヴルティッチ氏の「このワインはブドウ以外の何物も使っていない。もちろん無水亜硫酸(酸化防止剤)も」という言葉。わずかに樹齢3年から4年、さらに亜硫酸無添加で、本当に素晴らしいワインが出来るのだろうか、という疑問が世界中のワイン愛好家に興味を持たせる一因だったようです。

New Zealand-Matakana


Providence
プロヴィダンス

北島-マタカナ 赤 (メルロー70%,カベルネ・フラン20%,マルベック10%)
('94 \18,000位)

 このワインを頂く前に、飲んだ方の印象を聞くと、「熟女の雰囲気を持った少女」という答え。実際、98年5月、99年8月の「ヴィノテーク」誌のレポートを見ても、最も古いヴィンテージである93年が肥えた感じ、色が濃いなどの「若返り」とも言える現象が記されてあったり、このヴィンテージにして、すでに滑らかな味わいになっている点など、現代の醸造技術を超えた神秘性について触れられています。

 プロヴィダンス、確かに「気持ち悪い」ワインでした。94年というヴィンテージ、フレンチオーク100%ということになのに、見事に果実と繊細なタンニンの溶け合っている様に驚きます。その柔らかな飲み口、優しいタンニンと、とても「赤い」感じのする果実味がやさしく広がって行く様は、まるでブルゴーニュの雰囲気。一緒に飲んだ女性の意見は「アルコールじゃないよと言われて飲んだら、だまされたという感じ」という意見も。ビンに少し残ったワインを帰ってから飲んでみると、果実の甘さが沸き出て、上質のブランデーのように変化していました。


 ヴルティッチ氏ご本人の談によると、「私はアンチ亜硫酸の宣教師になるつもりはないので」ということ。「商業ベースの大規模なワイナリーであれば、亜硫酸は不可欠」とまで断言されています。
 そんな醸造技術云々よりも栽培の重要性、特に「ブドウの収穫時期」について力説されていたことが印象的。「ブドウが熟してきて、そろそろ収穫となるころ、一日に2回畑の中を歩きまわって味見をし、前回味見をしたときと風味が変わったと思ったとき、それが収穫を決める時期なんです。」
 まさに「良きブドウが良きワインを造る」ということを最重要視されているのではないでしょうか。 


環境に敏感なドイツ
Germany-Mosel Saar Ruwer

Maringer Sonnenuhr Riesling Kabinett Trocken
マーリンガー・ゾンネンウアー・リースリング・カビネット・トロッケン

モーゼル 白 (リースリング)
('93 \2,000)

 ワインのみならず、すべての環境問題において最も敏感な国はやはりドイツかもしれません。ドイツはワイン生産の分野においても、自然に即した方法を目指す人々が増えているようです。
 有名なワイン生産者団体であるVDP(ドイツ優良ワイン生産者協会)も会員に対し、自然農法を推奨しており、「エコワイン」として認定。それらのワインは、一目で判別できるよう「BIOLAND(ビオラント)」や「ECO VIN(エコヴァン)」というシールをボトルに添付しています。
 このワインのボトル上部に貼ってあるのが「ECO VIN」のシール。個々のレベルにおいて、有機栽培等の試みは全世界に浸透しているようですが、各国でこうした動きが今後見られるかもしれません。
(ヨハネス・シュナイダー醸造所)


自然派ワインは美味しいのか?

 有機栽培やバイオダイナミクスといったワイン達。はたしてそれらのワインは美味しいのか?その特徴について「果実がフレッシュ」とか「天然酵母の香りがする」とか言われることもあります。また、昨今の「健康ブーム」も手伝って、「体に良い」なんてイメージが確立されたのも事実かもしれません。
 いくつかのワインを味わいながら、造り手の詳細を調べて感じたことは、これらの造り手はみんな「土地の個性=テロワール」を大事にし、失われつつある「良果=大地の力が生み出すブドウ」を取り戻そうとしているのではないかということ。当然、テロワールを大事にしたワインに共通する要素など無いのが当たり前。それぞれ違ったキャラクターを追求しているのですから。

 88年からバイオダイナミクスを実践するドメーヌ・ルロワの当主、マダム・ルロワはこう言っています。
私のスタイル、ルロワ・スタイルがあると言われるのはいやです。ワインの個性はそれぞれのワイン自身のものです。もしポマールがラトリシエール・シャンベルタンに似ているとしたら、それはワイン本来の核心たるものを引き出せなかったということで、私にとって恥ずべきことです。

 大地を大切するビオディナミ・ヴィニロンたち。その想いを知れば、おのずと惹かれてしまいます。

「今月のワイン」に取り上げられなかった
有機栽培やバイオダイナミクスに取り組んでいる
代表的な造り手達を挙げておきます

France-Bordeaux
シャトー・ベレール、シャトー・ファルファ、ドメーヌ・ド・オー・ブルガ
France-Bourgogne
ドメーヌ・ルロワ、アンリ・フレデリック・ロック、コント・ラフォン
France-Cotes du Rhone
シャトー・ド・ボーカステル
France-Val de Loire
ドメーヌ・ユエ
France-Savoie
プリューレ・サン・クリストフ
America-California
フェッツァー、シェーファー

参考文献
「ヴィノテーク」
「ワインの自由」

「今月の味わいのあるワイン」
有機栽培とバイオダイナミックスのワイン特集です。

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