October,2000 (2)

今月の御題目

ワインのヴィンテージ(後編)
オフ・ヴィンテージ?
 前編は「良い葡萄の条件」などについてレポートしました。今回はヴィンテージ・チャート、そして天候、気象条件に恵まれなかったオフ・ヴィンテージについて考えたいと思います。


ヴィンテージ・チャート

 ヴィンテージ・チャートの存在はもうみなさん、ご存知だと思います。これは各産地の年毎の作柄をスコアで表示したり、評価用語で説明されたもの。ヴィンテージ・チャートは、もともとワイン生産者がその年の作柄を判断するために作成されたものですが、今では各ワイン産地の委員会(団体)であったり、雑誌、評論誌がチャートを作成、発表しています。

 そのヴィンテージ・チャート、消費者にとっては、その年のワインの「目安」としてとても重宝するもの。ワイン産地の天候や出来上がったワインの評価を含めた包括的なチャート、そしてR.パーカー氏やS.タンザー氏らの各ワイナリー、各銘柄ごとのヴィンテージ評価は、ボトルの中に封じ込められたワインの品質をある程度、把握できるものです。当然購入の際には参照する価値があるでしょう。
 ここでヴィンテージを選ぶ際に注意したい事を書いておきます。

・ヴィンテージを気にすべきワインであるかどうか?
 (早飲みのワイン等)
・そのヴィンテージを選ぶ時、飲み頃はいつなのか?
 (大きな年のワインは、若いうちには個性を発揮しないことも)
・各産地の一般的な情報であるスコアは、そのワインに当てはまるのか?
 (地理的な問題、ワインの持つ特色、生産者の姿勢・経営状況他)
・古いヴィンテージのワインは、その作柄以上に重要な要素があるのでは?
 (流通経路、保管状況他)

 チャートはあくまで一つの指標。そのワインの本質を伝えるものではないと思います。良いヴィンテージのワインのはずなのに期待にそわなかった、オフ・ヴィンテージなのに素晴らしい味わいだった、という事は頻繁に起こります。そんなところがワインの魅力でもあるわけですが。



ヴィンテージと醸造家

 前編で記したように、様々な気象要因そして災害等がその年のワインの品質に影響しますが、収穫されたブドウをベストのワインに仕立てるのが醸造家の役目。9月の「お題目」で紹介した厳しい選抜による「セカンド・ワイン」の存在も秀逸なワインを目指す生産者の意気込みでしょう。

 各作柄に対する醸造家を考えて見ると、素晴らしいブドウが収穫された年以上に、不作年の方がその役割は大きいように思います。これは人の経験値、そしてばらつきのあるブドウに施す醸造技術にも関わるからです。

■補糖、補酸■
 ボルドーやブルゴーニュでは、ほぼ毎年ブドウの糖分が不足し、醸造段階で糖分添加:補糖が行われます。発酵前や発酵中の果汁に糖を加える訳ですが、甘さを補うのではなく、発酵によってアルコールに変換され、アルコール度数が高まり、ワインにまろやかさを与えます。
 またチリやオーストラリアといった暑い国では、補酸が行われます。気候の温暖な新世界のメーカーでは、果実味たっぷりのワインを造るためブドウの完熟を待つことが多く、そのため酸が不足気味になります。酸の低い果汁に酒石酸などの酸を加え、ph値を下げ、発酵を順調にするのを助けます。
 補糖と補酸は、伝統的な醸造法の一つでもあり、人体には影響ありませんが、ワインの品質を守るため、各国の法律で厳しく規制されています。注1

■最新のテクノロジー■
 また、近年では濃いワインを好む市場の影響もあるのか、ブドウジュースを濃縮させる最新の技術が話題になっています。「逆浸透膜法」「真空蒸留法」「クリヨエクストラクション」注2といった技術は、不作年のワインの品質を向上させ、ヴィンテージ間の品質の差を埋めるものとして注目されています。

 しかしながら、堀賢一氏は「ワインの自由」にて、1995年や1996年の良作年にもこういった技術を用い、人為的にブドウ果汁を濃縮したシャトーも現われたことに関し、こう述べられています。
「こうしたテクノロジーの乱用は収穫年の特徴を失わせ、テロワール(畑の個性)を削ぎ落とし、世界中のワインを画一化させる結果となるように思えて仕方がありません」

 また、ヒュー・ジョンソン氏は、あるコラムでボルドーのヴィンテージについて、こう書かれていました。
「 "すべてのヴィンテージが1961年だったら嫌でしょう?" と私は生徒に尋ねた。生徒達の答えは "いいえ、もちろんうれしいです"。 何てことだ。私たちは違う次元の言語を話していたのだ。(中略) 各ヴィンテージは、各シャトーごとに異なる環境を、最大限に引き出そうとしていくものだ。私にとってこのことは、次のようなことを意味している。--- ヴィンテージというのは、ワインの濃さや力強さを競うアームレスリングの試合ではなく、それこそがボルドーの楽しみであり、また、長期熟成型のワインを造るすべての他地域の楽しみでもある。」

 30年以上前の1956、1963、1965、1968のような悲惨なヴィンテージは、醸造技術の進化により、もうこれからは有り得ないというお話も聞いた事がありますが、それは喜ばしいことである反面、なんだか空しい気がします。すべてのヴィンテージが1961年注3だったら良いと思いますか?

注1 : イタリア、カリフォルニア、オーストラリアなどの十分な糖度が得られる国々では、補糖は禁止されています。またボルドーやブルゴーニュでは、補糖と補酸の同時併用は禁止。)
注2 : 「逆浸透膜法」は浸透膜を通し、水分だけを取り除く技術。「真空蒸留法」は果汁を真空状態にて25℃程度の低い温度で沸騰させ、水分だけを蒸発させます。「クリヨエクストラクション」は収穫したブドウを凍らせ果汁を絞る方法。ドイツやカナダのアイスワインを人工的に造るようなもの。写真は「クリヨエクストラクション」を使って造ったカリフォルニアの甘口ワイン Andrew Murray "Mon Amour"。)
注3 : 1961年は、1982年、1990年と並ぶ、ボルドーでの偉大なヴィンテージ。)



ワインと生産者の歴史

 ワインの「グレート・ヴィンテージ」と「オフ・ヴィンテージ」。ヴィンテージ・チャートで省略されている年は、いわば「オフ・ヴィンテージ」現在では記載する価値のない年ということなのでしょう。私自身、初めてヴィンテージ・チャートを見た時、自分の年が無い事を不思議に思った事を覚えています。確かに恵まれなかった作柄のワイン。20年、30年と時を経るにつれ飲み頃を過ぎたワインが増えていくのだと思います。

 ただ、当のワインを生産している人々はどう考えているのでしょう?彼等の気持ちが伝わる文章があるので紹介します。

「良いヴィンテージの場合は、我々はブドウがワインになりたい方向にただ手をさしのべて手助けをするだけでよい。悪いヴィンテージの場合には、最高の技術と愛情でブドウが本来望んでいる方向へワインを導く必要がある。だから良い造り手、そうでない造り手の違いは、不作の年にこそ現われるのだ。」

 「オフ・ヴィンテージ」の年にも、生産者は一生懸命ワインを造っています。天候や気象条件に恵まれなかった年こそ、数々の問題に直面し、ワインに愛情を注ぎ、例年以上の努力によりワインを造りあげるのでしょう。そんなワイン生産者の想いには、ただ頭が下がると共に「オフ・ヴィンテージ」もワインの歴史の一部であるという事を痛感させられます。

前編は「良い葡萄の条件」などについてレポートしています。


「バッド・ヴィンテージ・クラブ」設立と入会のご案内

 自分が生まれた年が「オフ・ヴィンテージ」である事を憂いながらも、ワインと自分の誕生年を愛し、恵まれなかった年にもワイン造りを諦めない生産者に敬意をはらう。そんなクラブ「バッド・ヴィンテージ・クラブ(通称:BVC)」が誕生しました。

 あなたの生まれ年は何年ですか?「バースディ・ヴィンテージ」そうワインの良いところは、ご自身が生まれた年のワインを味わえるという楽しみがあります。上記のように言いながらも、いつも気になるヴィンテージ・チャート。ご自分の生まれ年をチャートで見ても、見当たらない。そんな悲しい想いをした事はありませんか?

 「バッド・ヴィンテージ」は自分の生まれ年を慈しむ言葉。そういったワインを中心に、メンバー同士、楽しく友情を深められ、新しい出会いがあればよいなと思います。皆様の入会をお待ちしています。

(BVCは、ワインを愛し「バッド・ヴィンテージ」と評されるヴィンテージにお生まれの方は、どなたでもご参加頂けます。「当たり年」「偉大な年」にお生まれの方は、「正会員」とはなれませんが、バッドなヴィンテージのワインを愛でる優しい気持ちをお持ちの方は「準会員」として参加出来ます。)

バッド・ヴィンテージ・クラブ」のHPはこちらです。


今月の味わいのあるワイン」では、
ボルドー、オフ・ヴィンテージのワインを特集しています。

参考文献
ワインの事典
ワインの自由
世界一ブリリアントなワイン講座
ワイン・マガジン

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