October,2000

今月の御題目

ワインのヴィンテージ(前編)
良い葡萄の条件 etc.

 ワインというお酒は多くの場合、使用されたぶどうが収穫された年:ヴィンテージがラベルに記載してあります。その年々の天候などによる葡萄の出来具合によって、同じ銘柄のワインであっても、毎年その個性が微妙に異なってきます。
 良いブドウが出来た年を「ヴィンテージ・イヤー」とか「グレート・ヴィンテージ」と呼び、それに対してあまり出来の良くない年を「オフ・ヴィンテージ」と言います。前編では、良いブドウが出来る条件などについて。


ブドウ栽培と自然環境

 ワインに、生産された年号が表記される理由として、お酒の中でも最も純粋な農作物に近いという点が挙げられると思います。ワインを作り上げるブドウ(セパージュ)、そしてブドウを育む畑(テロワール)が持つ特性が十分に発揮できるかどうか?その年の作柄に影響を与えるのは、自然環境です。そのヴィンテージの個性には次の3つの要因が大きく関わっています。

■気温■
 ブドウ栽培に適した気温条件とは、年間の平均気温が摂氏10℃〜20℃、ワイン用のブドウには10℃〜16℃が望ましいとされています。そして一年のうちに暑い季節と寒い季節が訪れるような適度な「気温のサイクル」が必要。あまりにも寒い冬、暑い夏というのは、ブドウ樹が死滅する可能性があります。

 この気温条件に関して学術的に整理、ワイン産地の気候区分を示したのが、カリフォルニア大学のアメリン&ウィンクラー教授。ブドウ生育期間中(4月から10月)の有効積算温度(10℃を越す温度を足し合わせる)にて世界のワイン産地を5区域に分類し、気候分類表をまとめ、ワイン産地の研究上、大きな役割を果たしています。


ワイン産地気候分類表
区分 有効積算温度 該当地域
T 2500以下
(1389以下)
ドイツ(ライン、モーゼル)
フランス(シャンパーニュ、ブルゴーニュ北部)
U 2501〜3000
(1390〜1667)
フランス(ボルドー)
イタリア(ピエモンテ北部、アルト・アディジェ)
アメリカ(ナパ、ソノマ、サンタ・バーバラ)
V 3001〜3500
(1668〜1944)
フランス(コート・デュ・ローヌ北部)
イタリア(ロンバルディア、ヴェネト)
アメリカ(サン・ベニート)
W 3501〜4000
(1945〜2222)
イタリア(南部)
スペイン(中部)
アルゼンチン(メンドーサ)
X 4001以上
(2223以上)
イタリア(シチーリア)
南アフリカ
(カッコ内は摂氏に換算した数字)

■降水量■
 ワイン用のブドウに望ましい降水量は、年間500〜800mm。ボルドーでは約830mm、ブルゴーニュは680mm、ラインでは540mmの降水量があります。特にブドウの生育期間中の雨量は少ない方がよく、収穫期の降雨はその品質に影響を与えます。秋に雨の少ないカリフォルニアでは、ブドウが十分に熟してから収穫出来るため、完熟したブドウからワインが造られ作柄も安定しているとされます。
 下記の日照量、数々の病害にも関係する雨は、ブドウ栽培において大きな要因。日本においては、代表的なワイン産地である勝沼でさえ1000mm以上の降水量。そして6月の梅雨、9月の台風シーズンがある点が、日本のワイン生産者の大きな悩みのようです。

■日照量■
 ブドウの樹が光合成をするためには当然、日照が必要。ブドウ生育期の日照時間は少なくとも1300時間、せめて1500時間は必要というデータがあります。イタリア北部のバローロとバルバレスコの個性の差はアルプス山脈からの霧による日照量の差であると言われるように、ワインの個性にも大きく関わってきます。

 気温、降水量、日照量はそれぞれ関連しているわけですが、特に萌芽期、開花期、そして成熟期、収穫期の気象条件はそのヴィンテージに大きく影響を与えます。


ブドウの災難

 ブドウは繊細な果物で、健康な果実を得るまでに、生産者は多くの困難を乗り越えなければなりません。

■病害■
 ブドウは果皮が柔らかく、果粒も小さいので、他の果物に比べて、病害を受け易い。主なものに「ベト病」「ウドンコ病」「灰色カビ病注1などがあり、湿気の高さが引き起こすカビ系の病害です。こういった病害を予防するため、農薬を散布する事が必要ですが、その化学物質が畑さらにはワインの品質に与える影響を危惧する声もあります。注2

■フィロキセラ■
 病虫害で最も恐ろしいのがフィロキセラ(アメリカ東海岸原産のぶどう根こぶ虫)。1800年代後半に、フランスのぶどう畑がこの害虫によって壊滅的な被害を被りました。今ではフランスのブドウ樹においても、ほとんどがフィロキセラ耐性のあるアメリカ系ブドウ台木に接ぎ木され、対策を施しています。

■遅霜、花ぶるい、雹■
 そして気象条件によるものには「遅霜」「花ぶるい」「」があります。
 春になり気温が10℃を超えると萌芽の時期を迎えますが、この時期に起こる「遅霜」は、若芽の成長を止め枯死させることもあります。シャルドネ等、発芽の早い品種はこの被害に会いやすい。
 その後、6月頃になると開花を迎えブドウのつぼみは微細な花をつけます。この時期の風は受粉を妨げ、雨により低温となると果梗がしおれてしまいます。これを「花ぶるい」と言い、その年の収穫量に大きな影響を与えます。
 そして恐ろしい被害として「」があります。昨年9月、ボルドーのサンテミリオンを襲った雹害注3は記憶に新しいところです。特に成熟期に降る雹は、肥大途中のブドウ果皮を破裂させ、かびの原因となります。

注1 : 「灰色カビ病」の原因であるボトリティス・シネレア:Botrytis Cinerea は、完熟したブドウについた場合、貴腐となります。詳しくはこちらで。)
注2 : 畑への化学物質の使用を拒否する有機栽培とバイオダイナミクスはこちらで。)
注3 : 1999年9月5日の20:00頃、雹の嵐がサンテミリオンの畑を襲いました。この雹嵐はサンテミリオン地区に数トンの雹を降らせ、サンテミリオンでもトップクラスのぶどう畑に被害を及ぼしたと伝えられています。)


ボルドーのブドウ品種とヴィンテージ

 上記のように、その年のワインの品質は気象条件よって左右されます。ワインとなりうる数多くのブドウ品種は、それぞれの品種特性に適合する地域に植えられていますが、同じ地域に異なった品種が栽培されている場合、その品種ごとのヴィンテージ差が生じる事があります。

 この顕著な例がフランスのボルドー地方です。この地方では、カベルネ・ソーヴィニオン、メルロー、カベルネ・フランが多く栽培され、これらの品種をブレンドすることにより、ワインに複雑みを持たせています。左岸のメドック地区ではカベルネ・ソーヴィニオンを主体としたワインが生産され、右岸のポムロール地区、サンテミリオン地区はメルロー、カベルネ・フランが主体となります。

 メルローとカベルネ・フランは、萌芽、開花、そして成熟もカベルネ・ソーヴィニオンに比べ、約一週間早い品種です。これがヴィンテージの作柄に影響したのが下記の例です。

■1991年■
 1991年のボルドー地方は大規模な遅霜の被害があった年。萌芽期である4月20日、21日の気温は零下9℃まで下がり、新芽が台無しになったと伝えられています。その年、壊滅的だったポムロールやサンテミリオンに比べ、メドック地区のワインは、秀逸とは言えないものの、心地よい良好なワインも産出されたようです。これは、上記で説明したように萌芽の時期であったため、カベルネ・ソーヴィニオンよりも萌芽が早いメルローとカベルネ・フランが特に被害を受けました。

■1964年■
 この年は、収穫期の雨が運命を分けました。成熟の早いメルロー、カベルネ・フランは10月8日に始まった豪雨の前にすでに収穫を済ませており難を逃れ、ポムロールやサンテミリオンといった地区では素晴らしいヴィンテージ・イヤーとなりました。しかしメドックではこの大雨の時、シャトーの多くは成熟の遅いカベルネ・ソーヴィニオンを収穫をしていませんでした。この年は一般的に、左岸より右岸の年と言われています。

 ボルドーでは、ブドウ品種を単独で使わず、数品種をブレンドします。これは各シャトーが最良の割合を持っており、補助品種は主要品種の特性を補完し、独自の味わいを産むものですが、このように天候は品種ごとにまで影響を与えるため、補助品種はある意味「保険」のような存在でもあるようです。生育期の天候を栽培者はいつも気にかけていることがよく理解できます。



素晴らしきヴィンテージ

 こういったことを考えると、ブドウが健やかに育ち、素晴らしいヴィンテージとなり、秀逸なワインが出来上がるというのは、まさに天の恵みであり、一年間の栽培者の心労を思わずにいられません。技術の発達によってぶどうの熟成度が未熟であってもかなりのレベルのワインを造れるといいながらも、やはりワインは自然の気まぐれに大きく影響される農作物から出来ているといえるでしょう。素晴らしきヴィンテージのワイン達、人と自然の営みに感謝したくなります。

(写真は2000年9月21日、収穫日のラ・ターシュのブドウ。今年のDRCの中では、ラ・ターシュの収穫が一番遅かった。はちきれんばかりの実り。)

後編へつづく

今月の味わいのあるワイン」では、
優れたヴィンテージのボルドーワインを特集しています。

参考文献
ワインの事典
ボルドー(第3版)
世界一ブリリアントなワイン講座
ソムリエ・ワインアドバイザー・ワインエキスパート 教本

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