May,2000 (2)

今月の御題目

自然が生み出す甘美な世界:貴腐ワインetc.

 前回のポート・ワインに続き、今回も同じく甘口のワイン。しかし酒精強化ワインとは違い、アルコールの添加も行わず、自然の恵みとも言える貴腐菌の作用により生まれる「貴腐ワイン」。その甘美な世界と共に、甘口のワイン達を紹介します。

(今回のお題目での甘口ワインは、酒精強化されていないものとお考え下さい。)


甘口ワインの出来るまで
 ワインは、ブドウの糖分が酵母菌の作用により、アルコールに変換されて出来るお酒です。この酵母菌は、ワインのアルコール度数が14%程度に達するとそれ以上糖分の分解が出来なくなります。つまり、ブドウジュースの状態で糖度が高いほど、アルコール変換されない糖分が残ることとなり、ゆえに甘口のワインとなります。
 以下、甘口のワインを大きく3つ(貴腐ワイン、遅摘みワイン、アイスワイン)に分け、まとめてみます。

貴腐ワイン

 ブドウの皮の表面はワックスの層で覆われていますが、完熟期のブドウにボトリティス・シネレア(Botrytis Cinerea : 貴腐菌)が繁殖すると、まさに高貴な甘口ワインとなります。菌が果皮の表面を溶かし微細な穴をあけ、そこから水分が蒸発してレーズンのようにしぼんだ状態になり、それと同時に糖分や様々な香気成分も凝縮されるのです。果汁は濃縮され30〜40%の糖度にもなりますが、アルコールが14%くらい発酵しても多量の糖分が残るので、甘口のワインに仕上がります。

 この貴腐菌は「灰色カビ病」の原因菌でもあり、生育期に繁殖した場合、病害となるものですが、このように完熟した葡萄に付くと、好ましいものとなり、まさに悪玉、善玉の二面性を持つ菌と言えます。

(世界3大貴腐ワインは後述いたします。)

遅摘みワイン

 貴腐菌がつかなくても、完熟した葡萄を収穫せずにそのままにしておくと、徐々に干しぶどう様になり、糖度が上がります。よって甘口のワインとなります。またフランスのジュラ地方やローヌのエルミタージュでは「パスリヤージュ : 収穫したぶどうを吊るしたり、藁の上などで乾燥させる」という伝統的な手法を用いる地域もあります。(イタリアでは、レチョート、パッシートと呼ばれます)

 ある意味「貴腐ワイン」は天の恵み、「遅摘み」は人の知恵による産物言えるかもしれませんが、実際、貴腐の産地としても名高い南西地方(モンバジャック等)やロワール(コトー・デュ・レイヨン等)、またドイツにおいても、貴腐と遅摘みの区別は外観上では、はっきりつきにくいのが難点です。アルザスにおいては、法改正により糖分の最低含有量による区別がなされ、「SGN : Selection de Grains noble」が貴腐ワインに、「VT : Vendanges Tardives」が遅摘みワインに相当する物とされています。

 近年、新世界のワインに「Late Harvest」という文字を見かけるようになりました。これが文字通りの「遅摘み」という意味ですね。新世界の貴腐による甘口には「Noble」「Botrytis Semillon」などと表記される場合が多く、こういった甘口のラベル表記の明確さにおいても、新世界のワインは一歩先を行っているようにも思えます。
(写真はオーストラリアの d'Arenberg The Noble Riesling )

アイスワイン

 アイスワインとは、収穫の時期を意図的に遅らせて、木にブドウがついた状態で凍らせ、水分が凍ったまま、果汁を搾ったもの。濃厚なブドウジュースがとれ、とても糖度の高い甘口ワインが出来ます。このワインも天候に左右されますし、厳寒の地での収穫は、大変な苦労を伴うワイン。収穫は翌年にも及ぶことがあると言います。

 ドイツのアイスヴァインが有名ですが、他にもカナダ、アメリカ、オーストリアなどでも造られています。カナダのアイスワインも非常に豪華で芳醇な香りを持ったワインがあり驚きます。


世界3大貴腐ワイン
 世界3大貴腐ワインというと、フランスのソーテルヌ、ドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼ、ハンガリーのトカイ・アスーで有名。ご存知のように、有名なだけでなく、値段が高いことが悩みの種。
 何故、これらのワインが高価なのかというと、やはり貴腐菌自体が、人為によってはどうしようないほど、その発生する地域が限定されるため(20℃前後の気温、75%以上の湿度を好む)、生産地が限られること。そして、良質のワインを造るためには、貴腐化したブドウのみを摘果する必要があり、収穫期間が長期におよび天候にも左右されやすいこと、そして貴腐化し萎んだブドウからは果汁の量が取れないこと、などがあります。しかし、丹念に造られた貴腐ワインは、何物にも代えがたい高貴な香りと甘味を持つワインとなるのです。

ソーテルヌ(フランス)

 ボルドーは、グラーヴ南部に位置する有名な産地。収穫期に入り気温が下がりかけた頃、川からの湿気で朝霧が立ち込め、貴腐を発生させます。糖度の高くなったセミヨン種やソーヴィニヨン・ブラン種を丁寧に収穫した後、圧搾、小樽での発酵を行います。
 この地区での格付けも、1855年に、メドックの格付けと同時に行われ、シャトー・ディケムだけが別格の特別1級へ。現在でもその名声を欲しいままにしています。
ソーテルヌ・バルサックの格付けはこちらへ

トロッケンベーレンアウスレーゼ(ドイツ)

 国が定めるワイン法においても最高級に位置するドイツの貴腐ワイン。 Trocken (乾燥した) beeren (実) auslese (選び抜かれた) の意。主にリースリング種によるワインは、ドイツで最も甘く、最も希少で、最も高価なワイン。略してTBAと表記されます。
 右の写真は、ラインガウそしてドイツの頂点に立つロバート・ヴァイルのワイン。ここのTBAたるや、赤白を問わず、世界のワインの中でも最も高値で取引されるワインの一つ。もし「価格=品質」とみなすならば、一度は飲んでみたいワイン。

トカイ・アスー(ハンガリー)

 東欧の中でも最も古いワイン造りの歴史を持つハンガリー。その北東部で産出されるトカイ・アスー・エッセンシアは、ルイ14世が「王のワイン」「ワインの王」と称え、女帝マリア・テレジアは、「ワインに黄金が溶け込んでいる」と信じたと言います。
 主にフルミント種で造られ、「エッセンシア」は貴腐ブドウだけ使用したもの。「アスー」とは糖蜜のようなの意。
 このトカイ・アスーの甘味の尺度として使われるのがプットニュス(Puttonyos)。136リットル入りの樽に26kg単位の貴腐化したぶどうが何杯入れられたかという表記。3から6プットニュスまであります。ちなみにラベルに表記された「Tokaj」はトカイの町を「Tokaji」はワインを指します。


今、なぜ甘口なのか?

 辛口主流だった日本の消費者嗜好の中で、多くの銘柄を扱うワインショップでは「甘口ワインの需要が増えつつある」というご意見を聞きます。今、なぜ甘口が注目されつつあるのでしょう?

 昨今のワインブームでは、「辛口」「フルボディ」「赤ワイン」「健康」という言葉がキーワードだったような気がします。ただ、ここに来て、ワインを好んで飲まれる方々の傾向も少し変わってきたのかもしれません。ワインの浸透につれて、TPOに合わせたワイン選び、そんな余裕を求める時期に入った証拠でしょうか。

 ワインの辛い甘いは、糖度や酸味とのバランス等により分析的に判別することも出来ますが、実際には飲まれる方々の嗜好にもより変化します。ワインを構成する主な要素として、酸味、苦味、甘味がありますが、一般的には「甘口は食欲にブレーキをかける」という働きがあり、「フォワグラとソーテルヌ」などといった特別な定石を除き、食前や食中には、あまり適さないとされます。
 では、何故食後に飲みたくなるのでしょう?「ワインの事典」には、このように記述されています。

「食後に向く味は、甘味である。(中略)それは、甘味が幼児期からなじんでいる味のため、心理的に童心回帰のチルドレン・アワーに浸ることになり、心がくつろぐからである。」

 なるほど、お子様の心理だったのですね。でも「心がくつろぐ時」そんなひとときを、現代の人々は心のどこかで求めているのかもしれません。


参考文献
ワインの事典
ソムリエ・ワインアドバイザー・ワインエキスパート 教本

今月の味わいのあるワイン」では、
美味しい甘口ワインを特集しています。

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