April,2000

今月の御題目

世界地図を塗り替えた「ワイン屋の息子」

 今日、伝統的なフランスやイタリアに負けず劣らずの人気を誇るカリフォルニアワイン。カベルネ・ソーヴィニオン、メルロー、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン(フュメ・ブラン)やカリフォルニアならではのジンファンデル、プティ・シラーといった数々の品種が栽培され、注目を集めています。
 1960年代、カリフォルニアに栽培されていたカベルネ・ソーヴィニオンはわずか300haそこそこ。今日では新たなワイン造りに挑戦する栽培家も増え、20000haにも及びます。カリフォルニアの土地に潜む新たなる可能性を、世に知らしめた「ワイン屋の息子」という意味のポーランド語の名を持つウォーレン・ウィニアスキー氏。今回はスタッグス・リープ・ワイン・セラーズの紹介です。

スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ
 シカゴ大学にて教鞭をふるっていた彼は「ある日、カリフォルニアに行けという神の教示が下り、1964年に一家揃って移住した」と言います。現地に入った後、シャトー・スーヴェランでワイン造りを学び、のちにロバート・モンダヴィに雇われ、夢であった本物のワインメーカーへ。
 ボルドーのカベルネ・ソーヴィニオンに惹かれた彼は、ナパ・ヴァレーのカベルネ・ソーヴィニオンを試飲して行くうちに、スタッグス・リープ・ディストリクトにあるフェイ農園のワイン(自家消費用のカベルネ)に出会い、1970年、隣接するクルミとプルーンの果樹園(現在のSLVの畑)を購入。1972年にスタッグス・リープ・ワイン・セラーズを設立しました。

1976年米仏テイスティング対決

 スタッグス・リープ・ワイン・セラーズを語る上で、必ず引き合いに出されるのが、1976年の米仏テイスティング対決。この対決については、99年6月の「お題目」でも書いたと思います。

 ワイン鑑定家であり企業家でもあるイギリス人、スティーブン・スパリエ氏。パリに「ル・カーヴ・ド・ラ・マドレーヌ」を持ち、その店の傍らにワイン専門家の学校「アカデミー・ドュ・ヴァン」を設立していた彼が企てたこのコンペティション。当時その実力を認知されていなかったカリフォルニアワイン。結果は当のスパリエも予想せず、審査員もただの余興くらいにしか思ってなかったと言います。

 1976年5月24日、パリのインター・コンチネンタル・ホテルでの対決において、シャトー・ムートン・ロートシルト1970等を見事におさえ、トップに輝いたのが、スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ・カベルネ・ソーヴィニオン1973でした。
 この結末は、カリフォルニアワインの存在を世界に知らしめただけでなく、たった樹齢3年のカベルネということもあり「ヴィエイユ・ヴィーニュ信仰(高品質のワインは老木から)」という観念も覆す結果となり、審査員だけでなく、当のカリフォルニアの生産者自体を驚かす対決となったようです。

赤ワイン(カベルネ・ブレンド)の順位表
@スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ カベルネ・ソーヴィニオン 1973
Aシャトー・ムートン・ロートシルト 1970
Bシャトー・オー・ブリオン 1970
Cシャトー・モンローズ 1970
Dリッジ・モンテベッロ 1971
Eシャトー・レオヴィル・ラス・カーズ 1971
Fマヤカマス カベルネ・ソーヴィニオン 1971
Gクロ・デュ・ヴァル カベルネ・ソーヴィニオン 1972
Hハイツ マーサズ・ヴィンヤード・カベルネ・ソーヴィニオン 1970
Iフリーマーク・アヴィ カベルネ・ソーヴィニオン 1969

 この後、「カリフォルニアは若いうちは美味しいが熟成しない、長持ちしない」という声があり、10年後の1986年、同じワインを使って再戦。しかしそこでもトップに選ばれたのは、クロ・デュ・ヴァルとリッジ。またもやカリフォルニアに軍配が上がる結果となりました。

以下、スタッグス・リープ・ワイン・セラーズのワインを紹介いたします。


America-California

Stag's Leap Wine Cellars White Riesling
スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ・ホワイト・リースリング

ナパ・ヴァレー 白 (リースリング)
('97 \3,000)

 この地区において、あまり重要とは思えない白ワインの存在。しかしこのワイナリーでは創設当初からリースリングも造っていたようです。「ボブ(ロバート・モンダヴィ)からインスピレーションと熱意の魂をもらいました」と語るウィニアスキー氏。そういえば、モンダヴィも創業時から白ワインを手がける生産者。
 爽やかな酸味と品の良い石油香を漂わせるワインはアルザススタイル。ほんのりと甘味も感じさせるフルーティーな白。ホワイト・リースリングとは、アメリカにおけるリースリングの別称。


Stag's Leap Wine Cellars Chardonnay
スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ・シャルドネ

ナパ・ヴァレー 白 (シャルドネ)
('95 \5,000)

 このシャルドネもカリフォルニアらしい一本。トロピカル・フルーツのボリュームのある香り。綺麗なミネラルがバランスをとりながら、やや酸が低い分、芳醇な果実を満喫出来ます。
 1996年には、ナパ市の南岸にあるアルカディアの畑を取得。泥灰質ローム土壌で海洋の影響を受け、寒暖の差が大きいことから早熟品種に適しているということ。シャルドネも29ha栽培されていることから、今後スタイルが変わることも予想されます。


Hawk Crest Merlot
ホーク・クレスト・メルロー

ナパ・ヴァレー 赤 (メルロー)
('96 \2,340)

 「ホーク・クレスト」はこのワイナリーのセカンド・ラベル。メルローの他にも、カベルネ、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン等があるようです。
 鮮やかな赤紫をしたワインは、チャーミングな赤い果実を感じさせる、まとまりのあるメルロー。美味しいミディアム・ボディのワインです。


Stag's Leap Wine Cellars Fay
スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ・フェイ

ナパ 赤 (カベルネ・ソーヴィニヨン主体)
('94 \8,000)

 ウイニアスキー氏がフェイ農園のワインに出会い、ワイナリーの設立を考えたという、その畑名入りシングル・ヴィンヤード(1986年にフェイ家より購入)。SLVに比べて、火山性土壌が少なく、沖積土壌がある。「スパイシーで酸味のしっかりした」SLV。「フルーティーで柔らかな」フェイ。新樽比率は50%。
 いいワインなんです。以前ワイナートに掲載されたコメント「香はそれほどボリュームはないが柔らかな、墨、インクに加え、キノコ、杉そしてカシスなどの複雑な香があり、ワインの質の高さが分かる。味も強烈なインパクトはないが、酸が奇麗でタンニンの強さも適度でまとまりが素晴らしい。」 優雅、そして洗練されたワインです。


Stag's Leap Wine Cellars Cask 23
スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ・カスク23

ナパ・ヴァレー 赤 (カベルネ・ソーヴィニヨン主体)
('94 \14,400)

 このワイナリー最上級のワインがこれ、カスク23。1974年に登場、1989年までは、SLVのブドウだけを使っていましたが、現在ではSLVの最上部とフェイ中部からのブドウを厳選。偉大なヴィンテージのみに現定数を生産。100%新樽、18ヶ月の樽熟。
 カリフォルニア最上のワインの一つに数えられるカスク23。このヴィンテージ、やはりアルコール、ヴォリューム感があり、まだまだパワフル。しかしながらその緻密でなめらかなワインは、心地よく口に入っていきます。ウイニアスキー氏の理想とする「ヴェルヴェットに包まれた鉄」のようなワイン。まさにこのことかもしれません。


Stag's Leap Wine Cellars S.L.V.
スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ S.L.V.

ナパ・ヴァレー 赤 (カベルネ・ソーヴィニヨン主体)
('72 \?)

 「72年のスタッグス!」聞いただけで興奮しますね。73年は当然あの米仏対決のウィナー。その一年前、つまり72年はこのワイナリーが創設された年です。この時点でのブドウ樹の樹齢はわずか2年。どんなワインなのか興味津々です。
 当時の対決においての審査員、多分びっくりしたと思います。私自身、ここまで古いカリフォルニアを頂いたのは初めてですが、その姿に驚きました。杉やキノコの風味を持ち、アタックに甘味を含むまろやかな果実は依然として力を残しています。綺麗に熟成した様は、今の時点でもボルドーの名シャトーに引けをとらない、いや十分勝てる!ボルドー、カリフォルニアを問わず、今までに頂いたカベルネ古酒の中でも屈指のワイン。


歴史の1ページ

 「ワイン造りの哲学者」とも呼ばれているウォーレン・ウィニアスキー氏。彼の哲学、ワイン造りにおいて大切な要因は3G「グレープ(ぶどう)、グランド(土壌)、ガイ(人)」といいます。「ベルベットに包まれた鉄」と表現したそのワインは、育まれた土地の個性を反映しつつも香り、味わい、舌触りのすべてにおいて最高の要素を持ち、世界のトップクラスとして認められるもの。

 1972を飲んだ後「樹齢2年?なんでなんだ?」と考えても答えは出てきません。ウィニアスキー氏曰く「若い樹齢のブドウの樹は、いっとき実にたくましい個性のワインを生むことがある。」またまたワインの深さに驚きを感じた一本。もしこのワインが、ファースト・ヴィンテージならば、創設時からウイニアスキー氏は将来に確信を持っていたに違いありません。

 そして1976年のブラインド対決。良くも悪くも、このワイナリーに続く、熱心な生産者を啓発したことは確かでしょうし、今日のカリフォルニアワイン、そしてワイン醸造技術の向上という意味でも、欠かすことの出来ない事件でしょう。

 その対決から20年後の1986年、記念碑的遺物を永久保存するワシントンのスミソニアン博物館のコレクションに、スタッグス・リープ・ワインセラーズ・カベルネ・ソーヴイニヨン1973が選ばれています。
 スタッグス・リープ・ディストリクトの畑に加え、アルカディアの畑を取得したスタッグス・リープ・ワインセラーズ。父の片腕となった愛娘カシア、そして新たなるワインメーカー、マイケル・シチラッチ。これからも数々の伝説を産み出すかもしれません。

写真は1986年、スミソミアン博物館でのウォーレン・ウィニアスキー氏(左)とスティーブン・スパリエ氏(右)。スタッグス・リープ・ワイン・セラーズのホームページより。

参考文献
ヴィノテーク
ワイナート

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class30 "The Wine"