前編では、ナパ・ヴァレー内のAVAについてご紹介しました。ご存知のようにナパ・ヴァレーはカリフォルニアでも最も名高いワイン産地。20世紀末の最大のニュースと言えば、ナパを筆頭としたカリフォルニアが世界トップクラスのワインを生むまでの名産地に躍進したことではないでしょうか? 後編では、どうしてカリフォルニアが短期間の間に、高品質ワインを造りあげるようになったのか、また、現時点での動向について触れてみたいと思います。 |
1800年代後半に発展したカリフォルニアのワイン産業も、1920年に施行された「禁酒法」により一時は壊滅状態にあったわけですが、ボーリュー・ヴィンヤード、ベリンジャー、ロバート・モンダヴィらを先頭にワイン生産も再開し、徐々に高品質な「ファインワイン」(注1)を目指すようになります。 カリフォルニアが世界のワイン地図に大きく記されるようになった事件が、1976年の米仏ブラインド対決であったことは、今までにもお伝えしてきました。この事件においてカリフォルニアの土地がワイン産地として知られただけでなく、現地のワイン関係者の士気を高め、更にはワイン造りを手掛けたことのなかった多くの新規参入者を産むことになります。 ワイン生産に対する興味が高まる中で、カリフォルニア大学ディヴィス校の研究をはじめとした科学的、分析的な栽培・醸造技術「ワインメイキング」は、たった20年余の間に猛烈な勢いでファインワインを目指し発展していきます。特に他業種からワイン生産の世界へ入って来た人々は、以前に身を置いた世界で成功を収め、小規模な産出量でありながら、品質を重視する志向が強く、彼らは醸造に長けたワインメーカーを雇うようになります。 こうした状況は1980年代から始まり、ワインメーカーは手掛けたワインが高評価を受けると、より多くのワイナリーからのオファーを受けるようになります。本来、ワイナリーを開設する際の投資を回収するには、気の遠くなるほどの期間を必要としますが、比較的裕福なブティック・ワイナリーにおけるワイン造りは、彼等にとって最上の研修場所であり、そこで秀逸なワインを造り上げる事により、自らの評判をも高めていきました。 1990年代から現在において、ワインメーカーの存在はカリフォルニアにおける全体的なレベルを向上させる意味でも、重要な位置を占めており「誰がそのワインを手掛けたか」という事はワインファンの間でも大きな話題となります。一部ではカリスマと呼ばれるスター・ワインメーカー達を紹介しておきます。 (注1 : 新世界と呼ばれる国々でも1800年代にはワイン生産が行われており、当時は地元消費用のジャグ・ワイン=コモン・ワインを造るところが多かった。そうしたワインに対し、近年の世界市場を見据えた高品質なワインをファイン・ワインと称します。) |
■ハイジ・ピーターソン・バレット ■ヘレン・ターリー ■トニー・ソーター ■ミア・クライン ■デヴィッド・エイブリュー ■ミッシェル・ロラン |
こうしたワインメーカーが手掛けたワインは、妥協なき品質追求がなされ、カベルネ・ソーヴィニオンを中心に他地域では類を見ないほどのハイレベルなワインが造りだされてきました。1990年代に入り、徐々にカリフォルニアの人気が高まったと思いますが、こうしたカルト的なワインが先導し、その噂がインターネットを含む情報伝達手段が普及したことにより(世界共通言語を持つアメリカならではのスピードで)世界を駆け巡った事も一つの要因でもあるように思います。 高価で希少価値の高いお宝のようなワインは、現物を見る事はほとんどないものの、一部の間では熱狂的な支持を受け、需要が高まります。そうした状況が一般のワイン愛好家にも伝わるようになり、カリフォルニアの知名度を引き上げると同時に、レアワインに対する欲求が高まりました。 70年代から80年代にかけて、カリフォルニアのワイン生産者は着々と力をつけていった訳ですが、依然「ファインワイン=ヨーロッパ」という図式が成り立っていたと思われます。この状況が一変し、ナパのワインが全世界に羽ばたいたのが1990年代ではなかったでしょうか。そこにはワインメイキングの成熟期と情報伝達技術の隆盛が絶妙のタイミングで交差し、現在のようにカリフォルニアが最上級のワイン産地として認知された重要な時代であったように思います。 |
そして21世紀、今、私達は恵まれたワイン愛好家だと思います。カリフォルニアだけなく、ヨーロッパやオセアニアのワインにおいても、ワイン造りにおけるレベルは毎年向上しており、本当に美味しいワインが増えていると感じます。 1998年、このサイトを始めて数年間、私自身もカリフォルニアワインが大好きで、お題目でも何度か紹介しました。ただし、ここのところ、何かがカリフォルニアに対する興味を薄れさせ、距離を置くようになっていました。それは、カリフォルニアワインの価格高騰も理由の一つ。以前はその美味しさに対するお値打ち感も高かったカリフォルニアですが、近年では優良とされるワイナリーの価格は、メドック格付ワインを越えるものが目立つようになりました。 まだまだブドウ栽培地が残されたカリフォルニアは、次々と新しいワイナリーが出来、その新作が日本にも届いているのですが、実際には最近の景気状況も加わり、販売はあまり芳しくないと聞きます。近頃「どうして以前のように魅力を感じないのだろう?」と考えていた時に浮かんだのが「ナパのAVA」で、自らもう一度勉強し、纏めておきたいと思い立ちました。 実際にナパ・ヴァレーはカリフォルニアで最もブドウ取引価格の高い地域で「Napa Valley」という産地名が付けられたワインは高価で販売する事が出来ます。新興国ならではのアイデアであるヴァラエタル・システム(ブドウ品種名を表示する)とワイナリー名が記されたワインは、初めてワインに接する消費者にとって親切で、名高い「Napa Valley」の表記があれば、十分に魅力のあるものでした。 しかしワイン好きが嵩じるうちに、そこに抜け落ちていたものが「ブドウ畑の位置」であり「サブ・アペラシオン」だと感じたのです。ナパのワインに接しているうちに、カベルネはもとより、メルロー、シャルドネと様々な品種が造られている。「はて?ナパ・ヴァレーってどんな産地なんだ?」と考え、調べてみると、ワイナリーやワインメーカーの情報は溢れているものの、日本国内の文献ではどうも明確な産地情報が出てこない。つまりナパ・ヴァレーというワインは、マルゴーやポイヤックではなく、どこか出所不明なACボルドーを飲んでいるような気になっていたのです。 マット・クレイマーはカリフォルニアのテロワールについてこう語っています。 前回お伝えしたように、ナパにはフランス全土の産地を合わせたほどの多彩なAVAがあります。さらには、AVA地域外にも秀逸な畑が数多く存在するほど、多様なテロワールを持ち合わせているのでしょう。当然、生産者もそうした現状を把握し、多くのワイナリーが単一畑のワインを重視したり、サブ・アペラシオンをラベル表記するようになりましたし、大手のワイナリーでも各産地の個性を重んじたコレクションを発表するようになっています。そして1990年代前半のフォロキセラの影響により、ブドウ樹の植え替えを余儀なくされた時、新たに植えられた品種は、それぞれの土地へ適応するものへと変更された畑も多いと聞きます。 ナパを始めとするカリフォルニアは、フランス等の伝統的な産地に比しても、ブドウ栽培に適した環境を持つワインの大地。前回のお題目で「ナパのAVA」をまとめたのは、そんな想いからであり、そろそろ私達愛好家も「テロワール:ワインの出所:サブ・アペラシオン」に注意を払う時期のように思いますし、そうする事がカリフォルニアの更なる品質向上に繋がるのではと考えています。 |
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