October 2002 (2)

今月の御題目

ナパ・ヴァレー (前編)
ナパのワイン産地

 前回のお題目で紹介したように、リーデルが新世界ワインを意識したグラスを発表するほど、現時点におけるワイン生産地図において、新世界ワインは重要なポジションを占めるようになってきました。1980年代まではあまり取り沙汰されることのなかった国々のワインが、日本でも入手できるようになり、ワインファンにとっては嬉しい限り。

 新世界の中でも、科学的な分析を行い、醸造技術において最も進んでいるとされるカリフォルニア。一昔前まではカリフォルニアのワイン生産者がボルドーやブルゴーニュを訪れ、ワイン造りを学ぶという姿が見られましたが、最近では逆にフランスやイタリアといった歴史あるワイン生産国の人々が、最新のワインメイキングをカリフォルニアに学ぶといった話を聞きます。それほどまでにカリフォルニアのワイン造りは高い水準にあると認められているという事でしょう。

 今年はずっとブルゴーニュを周っていましたが、ボリューム溢れる美味しいワインが飲みたくなってカリフォルニアにやって来ました(笑)。カリフォルニアの中でも最も知られた重要な産地であるナパ・ヴァレー。ナパのワインはすでにお馴染みだと思いますが、比較的その産地の地形や細かな地区(AVA)について触れられる事はありませんね。まずはナパの地形を勉強してみましょう。

 (カリフォルニアワインに関する基礎知識、及びAVA(政府公認ぶどう栽培区画)については、こちらのお題目をご覧下さい。)


ナパ・ヴァレー

 サンフランシスコから車で北へ約一時間、サンパブロ湾の北部に広がるカリフォルニア随一のワイン産地、ナパ・ヴァレー。ナパは東にヴァカ山脈、西にマヤカマス山脈という標高600〜800mの二つの山脈に挟まれたヴァレーで、全長約48km、幅5km内の細長い産地。実質栽培面積は約4,700ha、過去三年間で新たに植樹された面積がその内17.2%と、飽和状態と言われながらもまだまだ畑面積は増えている。注1

 北端にナパ最大のセントヘレナ山(1300m)があり、そこを水源とするナパ川が谷あいを流れ、サンパブロ湾に注いでいます。このナパ河に平行して通る2本の道路がハイウエイ29号線シルヴァラード・トレイル。これらの道路を中心に多くのワイナリーがひしめき合っています。

 ナパの気候で最も顕著なことは、南から北へ行くにしたがい気温が高くなるという事。前述の二つの山脈に挟まれた盆地であるナパは、本来ならば猛暑にあえぐ暑さになるはず。しかしこの産地をブドウ栽培に適した気温までに冷却してくれるのが、内地に深く切り込んだサンパブロ湾からの潮風なのです。

 地図のように、ナパの南端は湾に接しており最も涼しい場所。地区内のAVAでいうと[1]カーネロスは霧が多く風の強い冷涼な気候となりピノ・ノワール等の栽培に適した産地。そして[2]オーク・ノールから[8]カリストガへと谷あいの平地をすすむにつれ、海からの影響が減少するため、徐々に気温が高くなります。このナパ川に沿った[2]から[8]のワイン産地がヴァレー・フロア(谷床平坦部)とされます。注2


 最近では著名なAVAを有するヴァレー・フロアに対して、両側にそびえる山脈の畑への注目度が高まっています。これをマウンテン・サイト注3といい、その標高の高さから、ヴァレー・フロアよりも冷涼な気候となるため、引き締まったワインが産出されます。ナパとソノマの郡境となるマヤカマス山脈[9][10][11]、そしてナパ東側のヴァカ山脈[12][13]であり、それぞれの山腹斜面に畑が広がっています。

 ではナパ・ヴァレー内の各AVAをヴァレー・フロア、マウンテン・サイトに分けて周ってみましょう。

注1 : 全長で48kmというと、丁度ブルゴーニュのコート・ドール(ニュイとボーヌ)と同じくらいの長さ。ナパの全面積は14,000haですが、それでもボルドーの1/8、ブルゴーニュの1/2の面積。ナパ・ヴァレーはそんなに広くなく、実際に全カリフォルニアのワイン産出量からみると、ナパはたった4%程度でしかない。)
注2 : サンパブロ湾近辺は海抜3m程度。カリストガで海抜約100m。)
注3 : 日本のワインファンの間では、マウンテン・サイトで産出されるカベルネ・ソーヴィニオンの事を「山キャブ」と呼ばれる。「キャブ」とはカリフォルニアにおけるカベルネ・ソーヴィニオンの通称。)


ナパのAVA / ヴァレー・フロア

 UCデイヴィス校のアメリン&ウィンクラー教授が考案した有効積算温度による「ワイン産地気候分類」では、カーネロスは「リージョンT」、オークヴィルからカリストガに行くと「リージョンU」となる。つまり数十キロ離れるだけで、フランスのブルゴーニュからボルドーの気候へと変わります。
(■印はそのAVAに籍をおく代表的なワイナリーです。)



[1] カーネロス / Carneros

 「ロス・カーネロス : Los Carneros」とも呼ばれる地区。東はナパ郡、西はソノマ郡にまたがる地域で、前述の通りサンパブロ湾からの影響を最も受ける地域のため、ナパ、ソノマと別に分類して記述する文献も多い。
 「リージョンT」に属する気候は、真夏の最高気温も26度ぐらいと低く、秀逸なピノ・ノワールとシャルドネが生み出されています。ブルゴーニュとの差は、その太陽光線の強さと日照時間の長さであるといわれ、素晴らしい酸味に加え豊かなフルーツ味を持つワインとなる。

■セインツベリー、エチュード、アケイシア、ドメーヌ・カーネロス、カーネロス・クリーク、トルチャード、アルテッサ(旧コドルニュー・ナパ)



[2] オーク・ノール / Oak Knoll
[3] ヨーントヴィル / Yountville

 これらの名前があまり知られていないのは、許可の申請中でAVAとして認められていなかったからでしょう(ヨーントヴィルは最近認可された)。ナパ市街の北にあるビッグ・ランチ・ロードまでブドウ畑はほとんどなく、そこからオーク・ノール地区にはいると急に畑が広がり始める。
 ヨーントヴィルは、ナパに最初に入植したジョージ・ヨーントの名前にちなんで付けられた地区名であり、ナパにおけるブドウ栽培発祥の地。ここは1990年代のフィロキセラの影響により畑が改植された際、その気候に適したシャルドネやソーヴィニヨン・ブランが植えられ、大手のワイナリーのブドウ供給源になっています(カベルネが育つにはやや冷涼な気候)。
 ここで有名なワイナリーはなんといってもドミナスでしょう。フランス、ボルドーのシャトー・ペトリュスのオーナーであるクリスチャン・ムエックス氏が、かつてはイングルヌックの畑であったナパヌック・ヴィンヤードを買取り、造りあげるボルドー・スタイルのプレミアム・ワイン。 (写真はドメーヌ・シャンドンのエントランス。フランスのモエ・エ・シャンドンが、カリフォルニアで生産するスパークリング・ワイン。)

■オーク・ノール : トレフェセン・ヴィンヤーズ、シニョレッロ
■ヨーントヴィル : ドミナス、ドメーヌ・シャンドン、クライトン・ホール



[4] スタッグス・リープ・ディストリクト / Stags Leap District

 ヨーントヴィルの東に位置し、わずか10余りのワイナリーしかない小さなAVA。「鹿が飛び跳ねる地区」という名は、地区東側の赤い岩の丘で鹿が飛び跳ねていたという伝説からとられたもの。
 ここで最も高名なワイナリーは、カリフォルニアワインを世界中に知らしめた1976年のブラインド・テイスティングで、見事フランスの銘醸ワインを押さえ込み第一位となったスタッグス・リープ・ワイン・セラーズ。
 特徴として、土壌はローム層が表面を覆う独特の火山質。甘く香るチョコレート、カシス、ブラックベリーなどの風味が複雑に絡み合い、タンニンは柔らかめだが、芯のあるしっかりとした堅さも持ち合わせていると言われる。スタッグス・リープ・ワイン・セラーズやクロ・デュ・ヴァル、シェーファーのワインを味わうと、内実のある酒躯に物腰の柔らかさを感じる。さしずめナパのマルゴーとでもいうべきか。 (写真はスタッグス・リープ・ワイン・セラーズ SLVの畑。)

■スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ、クロ・デュ・ヴァル、シェーファー、スタッグス・リープ・ワイナリー、パイン・リッジ・ワイナリー、チムニー・ロック



[5] オークヴィル / Oakville
[6] ラザフォード / Rutherford

 カリフォルニア一高価なブドウの栽培地にして、最も高価なワインが生まれる地区。この二つのAVAは分かれているものの、ほとんど遜色がないと言ってよいほど似ているため、ひとまとめに「オークヴィル / ラザフォード」とも呼ばれます。
 まさにカベルネ・ソーヴィニオンの聖地とも言うべき地区で、下記の代表的なワイナリーのように、ボルドー格付けシャトーを凌駕する垂涎のワインを産むAVA。香り高いプラムやブラックベリーのアロマには、この地区ならではのミント風味が交ざる事が特徴となっている。濃厚な果実味は最上のものではかくも釣り合いのとれた姿をし、しっかりとしたタンニンを持つワインとなります。
 この地区がナパでも最上のワインを生み出す理由は、このヴァレー・フロアを吹き抜ける潮風による影響の大小により、冷涼から温暖に移行する中で、ワイン造りに最適な気候を持つポイントであるから。まさにナパの中枢とも言える地区は、ボルドーでいうと最上の条件が整ったポイヤックのワインという事になるのではないでしょうか。 (写真は名畑として知られるトカロン・ヴィンヤード。)

■オークヴィル : ロバート・モンダヴィ、オーパス・ワン、ハーラン・エステイト、コングスガード、シルヴァー・オーク、スクリーミング・イーグル、グロス、ダラ・ヴァレ、ファー・ニエンテ、プランプ・ジャック、ナパ・ワイン・カンパニー
■ラザフォード : ニーバーム・コッポラ、サン・スペリー、ボーリュー、クインテッサ、スタグリン・ファミリー、ケーク・ブレッド、フロッグス・リープ、ケイマス、スワンソン



[7] セント・ヘレナ / Saint Helena

 両側をスプリング・マウンテンとハウエル・マウンテンの斜面に挟まれるようになり、ヴァレー・フロアの首の部分が急に狭くなった地区。土壌のキメは粗く石が多くなり、多くの場合、平野部でありながら山地の土質で「平面上の斜面」と言われる。街の西側は「リージョンU」に分類され、カベルネ・ソーヴィニオンが植えられ、その他のより温かい場所は、ジンファンデルやシラーに適した場所になるようです。歴史あるワイナリーが多数本拠を構えている地区でもある。

■ハイツ・ワイン・セラーズ、ジョセフ・フェルプス、ベリンジャー、チャールズ・クリュッグ、スポッツ・ウッド、グレース・ファミリー、セント・クレメント、マーカム、ダック・ホーン



[8] カリストガ / Calistoga

 ヴァレー・フロアの最北部であるカリストガは、セント・ヘレナ地区同様、岩の多く混ざった土質。北部に行くほど暑くなるため、ナパ市街に比べるとブドウ成熟期で約10℃も気温が高くなる。セント・へレナ山の麓にある地熱噴出口の上にできた町であるため、火山活動の兆候が残る「間欠泉」があることでも有名。
 1976年のブラインド・テイスティングで、シャルドネの部一位となったシャトー・モンテリーナ、名畑として知られるアイズリー・ヴィンヤード(アロウホ)は、カリストガの東、山の麓のなだらかな斜面にある。

■シャトー・モンテリーナ、アロウホ、ロバート・ペコタ


ナパのAVA / マウンテン・サイト

 ヴァレー西のマヤカマス山脈、東側のヴァカ山脈にある丘陵斜面で生まれるワイン。ブドウ栽培の容易な平坦地に比べ、斜面での畑はその面積も狭い。標高の高い畑から収量の抑えられたワイン造りは、濃密なテクスチャーを持つとされる。



[9] マウント・ヴィーダー / Mount Veeder
[10] スプリング・マウンテン / Spring Mountain
[11] ダイヤモンド・マウンテン / Diamonde Mountain

 カーネロスのなだらかな丘から北へ向うと標高600m以上のヴィーダー山が現われ、そこからナパ・ヴァレー北部のセント・へレナ火山へかけての連山がマヤカマス山脈。ナパ郡とソノマ郡を分かつこの山々は、ナパ側の斜面では東向きとなり朝日を浴びる最高のロケーション。標高200〜800mの山腹斜面に畑がある。
 シャルドネやソーヴィニヨン・ブランの評価も高いが、やはりカベルネ・ソーヴィニオンが主力。火山性の土壌、標高の高さからくるやや冷涼な気候からタンニンの強い長熟型の赤ワインが生まれる。中でもダイアモンド・クリーク・ワイナリー、マヤカマス・ヴィンヤーズなど秀逸なワイナリーを擁す。

■マウント・ヴィーダー : マヤカマス・ヴィンヤーズ、ヘス・コレクション、シャトー・ポテル、スカイ・ヴィンヤーズ
■スプリング・マウンテン : スプリング・マウンテン・ヴィンヤーズ、ニュートン・ヴィンヤード、プライド・マウンテン・ヴィンヤーズ、ケイン・ヴィンヤーズ
■ダイヤモンド・マウンテン : ダイアモンド・クリーク・ワイナリー、フォン・ストラッサー



[12] ハウエル・マウンテン / Howell Mountain
[13] アトラス・ピーク / Atras Peak

 マヤカマス山脈同様の火山性土壌、標高の高さを持つヴァカ山脈にあるAVAの中でも特に重要なのが、1983年ナパ・ヴァレーで最初のサブ・アペラシオンとして認められたハウエル・マウンテン。このAVAは標高400m以上から始まり730mの高地まで畑が広がる。こうした高立地のため、しばしば午前中にヴァレー・フロアを覆う霧の上となり、一日中日光を浴びる事ができる。ここで生まれるワインも長熟型であり、十分に酸味を保った骨格のあるワインはボルドー・ライク。
 この地の名を知らしめたのがダン・ヴィンヤーズであり、ハウエル・マウンテンを名乗ったワインを1979年にリリースした。他にもベリンジャー(バンクロフト・ランチ)やロコヤ、ロバート・クレイグ等、多くのワイナリーが畑を持ち秀逸なワインを生んでいる。

■ハウエル・マウンテン : ダン・ヴィンヤーズ、ラ・ホータ・ヴィンヤード、リパリタ・セラーズ、シャトー・ウォルトナー
■アトラス・ピーク : アトラス・ピーク・ヴィンヤーズ(イタリアのアンティノリが所有するワイナリー)


ナパの多彩なテロワール

 本来ならば何らかの理由で和らがない限り、ナパは暑すぎて高品質なワインとなるブドウはできません。しかし、北極から流れ込む氷点下に近い海水がカリフォルニア沿岸を南に流れ、カリフォルニアの気候に大きな影響を与えています。海岸に近づきすぎるとブドウ栽培には寒すぎるし、より内陸にはいると暑すぎる。ナパ・ヴァレーはちょうどその頃合いの良いところに位置しているといえます。

 このように海からの影響や標高、さらには多様な土壌構成は、それぞれの地区のテロワールに大きく反映されています。ナパにおいて、最も成功しているブドウ品種はカベルネ・ソーヴィニオンであり、その品質は世界的に見ても最上級と認められています。しかし、ボルドーのメドック地区より小さなブドウ栽培地において、カベルネ・ソーヴィニオンだけでなく、メルロー、ピノ・ノワール、ジンファンデル、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン等と非常に多くの品種が育つ理由は、こうした微気候(ミクロ・クリマ)が存在し、それぞれのブドウ品種に合った栽培地が選択されているわけです。

 「Napa Valley」の名があまりに有名なため、今までは上記のようなサブ・アペラシオン(AVA)はあまり重視されていなかったのでしょう(生産者にとっても、消費者にとっても)。しかし、こんなに多様なAVAを持つブドウ栽培地。これからは、少し気にしてみると、ナパのワインがもっと楽しくなるような気がします。

右図 : スタッグス・リープ・ワイン・セラーズの資料。ナパの風景がよく分かる。クリックで拡大されます。)

後編へつづく


「ナパ・ワイン 新世界ワインの王者」
 (東京書籍、2200円)

 飯山ユリさんによるナパ・ヴァレーの詳解書。キレイな写真とともに、ナパの歴史、風土を始め、各地域の特性やワイナリー情報が満載。現時点では日本国内の書籍で最も詳しいナパ・ガイドでしょう。是非ご覧になって下さい。

今回のお題目での画像はすべて、ワインショップ「藤小西」様に許可を頂き使用させて頂いております。藤小西様の「Wines of California」には、詳細なカリフォルニア情報が掲載されています。おすすめです。当ページ上の画像の、無断での転載は固くお断り致します。


味わいのあるワイン2002年10月 / カベルネ、ピノ・ノワール、シャルドネ etc
味わいのあるワイン2002年10月(2) / メルロー、ジンファンデル、ソーヴィニヨン・ブラン etc
ではナパ・ヴァレーのワインを紹介しています。

参考文献
ナパ・ワイン 新世界ワインの王者
ワイン王国
ヴィノテーク
The World Atlas of Wine

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