前回のお題目で紹介したように、リーデルが新世界ワインを意識したグラスを発表するほど、現時点におけるワイン生産地図において、新世界ワインは重要なポジションを占めるようになってきました。1980年代まではあまり取り沙汰されることのなかった国々のワインが、日本でも入手できるようになり、ワインファンにとっては嬉しい限り。
今年はずっとブルゴーニュを周っていましたが、ボリューム溢れる美味しいワインが飲みたくなってカリフォルニアにやって来ました(笑)。カリフォルニアの中でも最も知られた重要な産地であるナパ・ヴァレー。ナパのワインはすでにお馴染みだと思いますが、比較的その産地の地形や細かな地区(AVA)について触れられる事はありませんね。まずはナパの地形を勉強してみましょう。 (カリフォルニアワインに関する基礎知識、及びAVA(政府公認ぶどう栽培区画)については、こちらのお題目をご覧下さい。) |
サンフランシスコから車で北へ約一時間、サンパブロ湾の北部に広がるカリフォルニア随一のワイン産地、ナパ・ヴァレー。ナパは東にヴァカ山脈、西にマヤカマス山脈という標高600〜800mの二つの山脈に挟まれたヴァレーで、全長約48km、幅5km内の細長い産地。実質栽培面積は約4,700ha、過去三年間で新たに植樹された面積がその内17.2%と、飽和状態と言われながらもまだまだ畑面積は増えている。(注1) 北端にナパ最大のセントヘレナ山(1300m)があり、そこを水源とするナパ川が谷あいを流れ、サンパブロ湾に注いでいます。このナパ河に平行して通る2本の道路がハイウエイ29号線とシルヴァラード・トレイル。これらの道路を中心に多くのワイナリーがひしめき合っています。 ナパの気候で最も顕著なことは、南から北へ行くにしたがい気温が高くなるという事。前述の二つの山脈に挟まれた盆地であるナパは、本来ならば猛暑にあえぐ暑さになるはず。しかしこの産地をブドウ栽培に適した気温までに冷却してくれるのが、内地に深く切り込んだサンパブロ湾からの潮風なのです。 地図のように、ナパの南端は湾に接しており最も涼しい場所。地区内のAVAでいうと[1]カーネロスは霧が多く風の強い冷涼な気候となりピノ・ノワール等の栽培に適した産地。そして[2]オーク・ノールから[8]カリストガへと谷あいの平地をすすむにつれ、海からの影響が減少するため、徐々に気温が高くなります。このナパ川に沿った[2]から[8]のワイン産地がヴァレー・フロア(谷床平坦部)とされます。(注2) |
最近では著名なAVAを有するヴァレー・フロアに対して、両側にそびえる山脈の畑への注目度が高まっています。これをマウンテン・サイト(注3)といい、その標高の高さから、ヴァレー・フロアよりも冷涼な気候となるため、引き締まったワインが産出されます。ナパとソノマの郡境となるマヤカマス山脈[9][10][11]、そしてナパ東側のヴァカ山脈[12][13]であり、それぞれの山腹斜面に畑が広がっています。 ではナパ・ヴァレー内の各AVAをヴァレー・フロア、マウンテン・サイトに分けて周ってみましょう。 (注1 : 全長で48kmというと、丁度ブルゴーニュのコート・ドール(ニュイとボーヌ)と同じくらいの長さ。ナパの全面積は14,000haですが、それでもボルドーの1/8、ブルゴーニュの1/2の面積。ナパ・ヴァレーはそんなに広くなく、実際に全カリフォルニアのワイン産出量からみると、ナパはたった4%程度でしかない。) |
UCデイヴィス校のアメリン&ウィンクラー教授が考案した有効積算温度による「ワイン産地気候分類」では、カーネロスは「リージョンT」、オークヴィルからカリストガに行くと「リージョンU」となる。つまり数十キロ離れるだけで、フランスのブルゴーニュからボルドーの気候へと変わります。 [1] カーネロス / Carneros 「ロス・カーネロス : Los Carneros」とも呼ばれる地区。東はナパ郡、西はソノマ郡にまたがる地域で、前述の通りサンパブロ湾からの影響を最も受ける地域のため、ナパ、ソノマと別に分類して記述する文献も多い。 ■セインツベリー、エチュード、アケイシア、ドメーヌ・カーネロス、カーネロス・クリーク、トルチャード、アルテッサ(旧コドルニュー・ナパ) [2] オーク・ノール / Oak Knoll [3] ヨーントヴィル / Yountville
■オーク・ノール : トレフェセン・ヴィンヤーズ、シニョレッロ [4] スタッグス・リープ・ディストリクト / Stags Leap District
■スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ、クロ・デュ・ヴァル、シェーファー、スタッグス・リープ・ワイナリー、パイン・リッジ・ワイナリー、チムニー・ロック [5] オークヴィル / Oakville [6] ラザフォード / Rutherford
■オークヴィル : ロバート・モンダヴィ、オーパス・ワン、ハーラン・エステイト、コングスガード、シルヴァー・オーク、スクリーミング・イーグル、グロス、ダラ・ヴァレ、ファー・ニエンテ、プランプ・ジャック、ナパ・ワイン・カンパニー [7] セント・ヘレナ / Saint Helena 両側をスプリング・マウンテンとハウエル・マウンテンの斜面に挟まれるようになり、ヴァレー・フロアの首の部分が急に狭くなった地区。土壌のキメは粗く石が多くなり、多くの場合、平野部でありながら山地の土質で「平面上の斜面」と言われる。街の西側は「リージョンU」に分類され、カベルネ・ソーヴィニオンが植えられ、その他のより温かい場所は、ジンファンデルやシラーに適した場所になるようです。歴史あるワイナリーが多数本拠を構えている地区でもある。 ■ハイツ・ワイン・セラーズ、ジョセフ・フェルプス、ベリンジャー、チャールズ・クリュッグ、スポッツ・ウッド、グレース・ファミリー、セント・クレメント、マーカム、ダック・ホーン [8] カリストガ / Calistoga ヴァレー・フロアの最北部であるカリストガは、セント・ヘレナ地区同様、岩の多く混ざった土質。北部に行くほど暑くなるため、ナパ市街に比べるとブドウ成熟期で約10℃も気温が高くなる。セント・へレナ山の麓にある地熱噴出口の上にできた町であるため、火山活動の兆候が残る「間欠泉」があることでも有名。 ■シャトー・モンテリーナ、アロウホ、ロバート・ペコタ |
ヴァレー西のマヤカマス山脈、東側のヴァカ山脈にある丘陵斜面で生まれるワイン。ブドウ栽培の容易な平坦地に比べ、斜面での畑はその面積も狭い。標高の高い畑から収量の抑えられたワイン造りは、濃密なテクスチャーを持つとされる。 [9] マウント・ヴィーダー / Mount Veeder [10] スプリング・マウンテン / Spring Mountain [11] ダイヤモンド・マウンテン / Diamonde Mountain
■マウント・ヴィーダー : マヤカマス・ヴィンヤーズ、ヘス・コレクション、シャトー・ポテル、スカイ・ヴィンヤーズ [12] ハウエル・マウンテン / Howell Mountain [13] アトラス・ピーク / Atras Peak マヤカマス山脈同様の火山性土壌、標高の高さを持つヴァカ山脈にあるAVAの中でも特に重要なのが、1983年ナパ・ヴァレーで最初のサブ・アペラシオンとして認められたハウエル・マウンテン。このAVAは標高400m以上から始まり730mの高地まで畑が広がる。こうした高立地のため、しばしば午前中にヴァレー・フロアを覆う霧の上となり、一日中日光を浴びる事ができる。ここで生まれるワインも長熟型であり、十分に酸味を保った骨格のあるワインはボルドー・ライク。 ■ハウエル・マウンテン : ダン・ヴィンヤーズ、ラ・ホータ・ヴィンヤード、リパリタ・セラーズ、シャトー・ウォルトナー |
このように海からの影響や標高、さらには多様な土壌構成は、それぞれの地区のテロワールに大きく反映されています。ナパにおいて、最も成功しているブドウ品種はカベルネ・ソーヴィニオンであり、その品質は世界的に見ても最上級と認められています。しかし、ボルドーのメドック地区より小さなブドウ栽培地において、カベルネ・ソーヴィニオンだけでなく、メルロー、ピノ・ノワール、ジンファンデル、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン等と非常に多くの品種が育つ理由は、こうした微気候(ミクロ・クリマ)が存在し、それぞれのブドウ品種に合った栽培地が選択されているわけです。 「Napa Valley」の名があまりに有名なため、今までは上記のようなサブ・アペラシオン(AVA)はあまり重視されていなかったのでしょう(生産者にとっても、消費者にとっても)。しかし、こんなに多様なAVAを持つブドウ栽培地。これからは、少し気にしてみると、ナパのワインがもっと楽しくなるような気がします。 (右図 : スタッグス・リープ・ワイン・セラーズの資料。ナパの風景がよく分かる。クリックで拡大されます。) |
「ナパ・ワイン 新世界ワインの王者」 (東京書籍、2200円) 飯山ユリさんによるナパ・ヴァレーの詳解書。キレイな写真とともに、ナパの歴史、風土を始め、各地域の特性やワイナリー情報が満載。現時点では日本国内の書籍で最も詳しいナパ・ガイドでしょう。是非ご覧になって下さい。 |
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今回のお題目での画像はすべて、ワインショップ「藤小西」様に許可を頂き使用させて頂いております。藤小西様の「Wines of California」には、詳細なカリフォルニア情報が掲載されています。おすすめです。当ページ上の画像の、無断での転載は固くお断り致します。 |
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