ワインは好きだったが、まだボルドー格付けもうら覚えだった頃、このワインに出会った。特別な日に「少し贅沢なワインを」という注文にソムリエ氏が出してくれたもの。それまで「ワインは美味しければいい」と思っていた私がなぜか銘柄をメモした。そこには「Lynch Bages (Pauillac)」と書かれていた。 改めてワインの深さに気づいた一本。それ以後飲んだワインは出来るだけ名前をチェックするように。ワインについて詳しく調べるようになったのも、ランシュ・バージュがきっかけと言ってもいいと思います。そうした思い出のワインであり、現在もボルドー・スタンダードだと感じているランシュ・バージュの紹介。 |
ボルドー地方、メドック地区の中でも秀逸なシャトーが結集した村、ポイヤック。ムートンやラフィットは村の北端、ラトゥールやラランドといったシャトーは南端にかたまり、そして中央部にはメドックで一番賑やかな町がある。この町を見下ろす小高い尾根は「バージュの丘」と呼ばれ、ここにシャトー・ランシュ・バージュは位置します。 英国風に発音すると「リンチ」となるLYNCHは、アイルランド系のもので、17世紀末にフランスへ渡り毛皮と羊毛の商売で成功したジョン・ランシュが、ボルドー市におけるランシュ家の始まり。息子のジャン・バプティストはパリの商工会議所のメンバーであったし、革命後にボルドー市長も務めた人物で、このシャトーに「ランシュ」の名を残すことになります。 1824年、ランシュ家はこれを手放し、その後二人ほどの所有者を経ることになりますが、この間に有名な1855年のボルドーの格付けが行われ、ランシュ・バーシュは第五級としてランクされました。 |
アンドレの息子であるジャン・ミッシェル・カーズは、今日のボルドーワインの世界をリードする精力的な人物。現在ランシュ・バージュ、レ・ゾルム・ド・ペズ、ヴィラ・ベレールを所有する他、フランスの大手保険会社アクサ・ミレジム(AXA保険)とピション・ロングヴィル・バロン、カントナック・ブラウン、プティ・ヴィラージュといった名シャトーを共同経営。またポイヤック栽培組合会長、ホテル・レストラン・オーナー、ハンガリーやポルトガルでもワイン生産に携わるという多くの顔を持っています。ワイン業界への功績が認められワイン&スピリッツ誌「マン・オブ・ザ・イヤー」等、数々の表彰も受けています。こうした三代に渡るカーズ家の功績により、ランシュ・バージュの品質が向上、現在の高い評価を勝ち得るようになります。 |
ランシュ・バージュはメドック格付け五級とされていますが、今日では第二級同等の評価を受けるシャトーであり「スーパーセカンド」(注1)の一本として広く認められています。「スーパーセカンド」とは、1855年の格付けが現在では矛盾する要素を持つため、格付け一級以外の多くのシャトーの中で、特に傑出した品質を持つと認識されている銘柄。 それを証明する事例の一つとして、1996年に行われた「ル・グラン・ジュリ・ヨーロピアン : Le Grand Jury European」(注2)という優れたボルドーの25シャトーを対象に行われた審査会があったので、この結果を記しておきます。 |
●1985ヴィンテージ | ●1990ヴィンテージ |
1. Sassicaia (Tenuta San Guido) 2. Ch. Pichon Longueville Comtesse de Lalande 3. Ch. Cheval Blanc 4. Ch. Lynch Bages 5. Ch. Latour 6. Ch. Petrus 7. Ch. Margaux 8. Ch. Cos d'Estournel 9. Ch. Mouton Rothschild 10. Ch. Lafite-Rothschild |
1. Ch. Sociando Mallet 2. Ch. Pichon Longueville Baron 3. Ch. Haut-Brion 4. Ch. Petrus 5. Ch. Leoville Las Cases 6. Ch. Lynch Bages 7. Ch. Mouton Rothschild 8. Ch. Cos d'Estournel 9. Ch. Pichon Longueville Comtesse de Lalande 10. Ch. Trotanoy |
ボルドー全体では8000以上ものシャトーがあり、メドックの格付けだけでも61のシャトーがあるわけですが、たった25本の中に専門家が選出する事だけでも、その評価の高さが伺えます。またこうしたコンテストが数々の問題があるにせよ、85で第4位、90で第6位にランクされるという事自体、ランシュ・バージュが「スーパーセカンド」の名にふさわしいことを証明しています。 (注1 : 最近「スーパーセカンド」という名称を、各シャトーのセカンドワイン(格下げしたもの)に対して使っているのを見かけますが、本来の意味からすると間違っています。) |
■ランシュ・バージュ Ch. Lynch Bages
■ブラン・ド・ランシュ・バージュ Blanc de Lynch Bages
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18種と数が多かっただけに、じっくりとというわけにはいきませんでしたが、私の中のイメージにあった「ボルドー・スタンダード」という意識を再確認した思い。特に飲み頃に入った80年代のワインが印象的。このシャトーが素晴らしいと思うのは、ボルドーらしいカシスを中心とした甘さのある果実味があり、酸も丸く心地よい、実直でオーソドックスな雰囲気を持っていること。垂直で飲んでみると、各ヴィンテージの個性がワインに反映されていること。そして、現時点でリリース時の価格が5000円程度であること。 周りからの賞賛を受け、メドック格付け五級以上の実力を持つと広く認められているランシュ・バージュ。さて、当のミッシェル・カーズ氏は、この格付けについてどう思っていらっしゃるのだろうか?インタビュー記事に面白い事が書いてありました。 「そもそも55年の格付けはオフィシャルなものではありません。(中略)現実にアレクシス・リシーヌやロバート・パーカー、ヒュー・ジョンソンも独自の格付けを行っている。ともかく55年の格付けはうまく秩序にかない、相対的によく出来ていると認めざるを得ません。そして現時点でそれを改正することは不可能です。(中略)他のたとえ話をしましょう。1889年の万博で建設されたエッフェル塔は、完成した当時、その役割を果たしたあかつきには壊される予定になっていました。当時、誰も100年後にパリのシンボルとなっているなどと想像すら出来ませんでした。しかし、現実に立派なシンボルとなっている。1855年の格付けも同じこと。あの格付けを制定した人たちの誰一人として現在の姿を予想できませんでした。私自身は保守的な人間だし、55年の格付けは十分に価値を持っていると思います。少なくともサンテミリオンの格付けより有名です(笑)。」 初めてこのワインを口にした時とは違い、メドックにも多くの秀逸なワインが存在する事は理解しているつもりですが、同価格帯で探してみた時、ランシュ・バージュ以上の品質を持つワインを探すのは一苦労だと思う。150年前に「第五級」に格付けされたことが良かったのか、悪かったのか。カーズ氏の言葉には、自らのシャトーの不遇よりも、ボルドーの実力者としての余裕が感じられます。しかしランシュ・バージュは、現代でのボルドー格付けの時代錯誤的な一面に気づかせてくれる重要な一本であり、価格、生産量、品質というバランスに秀でたワインは、いつまでも基準にしたいボルドーだと思っています。 |
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