1997年から1998年にかけて、日本に巻き起こったワインブーム。過去数度にわたり、日本でもワインブームが起こってきましたが、この「第5次ワインブーム」と呼ばれるものは赤ワインの「ポリフェノール効果」による健康志向、そして日本のバブル崩壊の余波による「安くて美味しいワイン」がキーワードだったように思います。 当時の「安くて美味しいワイン」の一番手がチリワインでした。日本への輸入量だけをみてもその成長ぶりは、まさにブームと呼べるようなもので、1995年が約4万ケースだったのに対し、ピークであった1998年にはなんと300万ケースを超えています。
「第5次ワインブーム」が去った後、まさにチリワインは「流行遅れのワイン」となりつつあり、class30としても、ここ数年においては、まさしく関心の向かない産地であったかもしれません。 当時、チリワインはマスコミにも大々的に取り上げられていました。ブルータスの新世界特集や田崎さんのワインライフ創刊号等、様々なワイン雑誌にピックアップされていたのが思い出されます。一度ブームを迎えたものは、その後ある程度の凋落は仕方のない事かもしれません。 |
この地域にブドウ栽培とワイン造りが持ち込まれたのは、スペイン人による征服が始った16世紀のこと。この時に持ち込まれたブドウ品種はパイス(北米のミッション種)で、現在もチリの国内消費用のワインに使用されています。(注1)
チリワインに近代化の波が押し寄せたのは、閉鎖的な経済政策が解けた1970年代になってから。1979年にはスペインのミゲル・トーレスがチリに子会社を設立し、最新の醸造設備、醸造技術を導入、多くのワイナリーがこれに追随しました。その後、海外市場で通用するワイン造りを推進。カベルネ・ソーヴィニオン、メルロー、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランといった国際的に人気の高い品種を用いアメリカに倣った「ヴァラエタル・システム」を導入、外資の積極的な受け入れ(注2)等、現在のスタイルである洗練されたワイン造りを目指します。そして1990年代初頭、干ばつと害虫によるカリフォルニアワインの生産激減やフランス主要産地の不作年が続いた穴を見事に補完し、輸出産業としてのチリワインの地位が確立しました。 またチリのワインに関する最新の法律(D.O.法:Denominacion de Origen)は、1995年に定められ、ラベル上の原産地、ブドウ品種、収穫年、そして元詰め表示の使用規制を一本化(1998年一部改訂)。これも世界的な市場を意識したものの一つでしょう。 (注1 : 主に現地の人々が飲むワインは、ラウリと呼ばれるチリ産オークの大樽で長期熟成させたもので、輸出用とは別のもの。酸化した重い味のワインを好むようで「グスト・チノーレ:チリ人好み」と呼ばれる。) |
南アメリカ大陸の西海岸、太平洋側に細長く伸びるチリのブドウ栽培地域は、南緯27度から39度の南北約1400kmにも広がっています。上記のように、フィロキセラ禍以前のブドウが植えられたチリは、北をアタカマ砂漠、南は南氷洋、西は太平洋、東はアンデス山脈に囲まれ、現在でもフィロキセラの侵入は全くなく、純粋なヴィティス・ヴィニフェラが残るという所以となっています。(注3)また、非常に乾燥しているため、ベト病などの病害もほとんど見られず、世界の中でも農薬の使用が最も少ない、汚染されない自然のままの豊かな土壌を生んでいます。
D.O.法でのワイン産地は北から「アタカマ : Atacama」「コキンボ : Coquimbo」「アコンカグア : Aconcagua」「セントラル : Central」「サウス : South」の大きく5つのリージョンに分けられます。この中で「アタカマ」「コキンボ」で収穫されるブドウのほとんどはピスコ(注4)の原料となるものであり、「サウス」での多くはパイス種で、チリ国内向けワインとなります。 以下、日本の消費者にもお馴染みの産地、チリワインの76パーセントを生産する「セントラル」と、昨今特に注目の「アコンカグア」を中心にまとめます。 (注3 : アンデス山脈を越えたお隣のアルゼンチンでは、すでにフィロキセラが発見されており、チリの生産者も懸念していますが、それよりも「ネマトド」という根がやられる病気の方を危惧する生産者が多い様子。) |
REGION リージョン |
SUBREGION サブリージョン |
ZONE ゾーン |
Aconcagua アコンカグア |
Aconcagua Valley アコンカグア・ヴァレー |
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Casablanca Valley カサブランカ・ヴァレー |
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Central セントラル |
Maipo Valley マイポ・ヴァレー |
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Rapel Valley ラペル・ヴァレー |
Cachapoal Valley カチャポアル・ヴァレー | |
Colchagua Valley コルチャグア・ヴァレー | ||
Curico Valley クリコ・ヴァレー |
Teno Valley テノ・ヴァレー | |
Lontue Valley ロントゥエ・ヴァレー | ||
Maule Valley マウレ・ヴァレー |
Claro Valley クラロ・ヴァレー | |
Loncomilla Valley ロンコミージャ・ヴァレー | ||
Tutuven Valley トゥトゥベン・ヴァレー |
(青字は産地を代表するプレミアム・ワイン) |
■ | アコンカグア・ヴァレー Aconcagua Valley (年間降雨量250mm、栽培面積405ha) |
現在、赤ワインの産地として名声を受けているアコンカグアは、ビーニャ・エラスリスを抜きにして語れないでしょう。1870年、創始者マキシミアーノ・エラスリスは不毛のこの地をブドウ畑に開拓。「高級チリワイン」の創造は現5代目エデュアルド・チャドウィックに引き継がれ、アコンカグア・ヴァレーの大半のブドウ畑を所有しています。今後も赤ワインを中心に注目の産地。あの「第三のオーパス」セーニャもここから生まれる。 ・Errazuriz Don Maximiano Founder's Reserve
【写真】 |
■ | カサブランカ・ヴァレー Casablanca Valley (年間降雨量450mm、栽培面積1,720ha) |
沿岸平地で海風の影響を受けるヴァレー。遠方に丘陵地を望む海抜400m程度の穏やかな傾斜地、海風の影響もあり穏やかな気候に包まれています。 最初にブドウが植えられたのは1982年というからとても新しい産地。チリの高品質な白ワイン産地として早々と世界に認知された類稀な土地。1982年、周囲の警告を無視し、20haの土地にシャルドネを植えたのがパブロ・モランデ氏。そのシャルドネを仕込んだのがイグナシオ・リカバレン氏。モランデ氏はコンチャ・イ・トロのエノロジストを務めると同時に、ヴィラール・ワイナリーのパートナーとして活躍。リカバレン氏は、この地を代表するサンタ・カロリーナのビーニャ・カサブランカ部門の責任者。 |
■ | マイポ・ヴァレー Maipo Valley (年間降雨量330mm、栽培面積6,370ha) |
マイポは首都サンチャゴから最も近いワイン生産地。1851年、この地にヨーロッパ系ブドウ品種を植えたのは、当時ワインのためというより、大地主の子孫など裕福な層の趣味という面が大きかったといいます。古いブドウ畑はほとんどがそうで、コンチャ・イ・トロ、サンタ・カロリーナ、サンタ・リタなどがその始まり。マイポには古くからの大資本を持つ老舗ワイナリーが多く集まっている。(これらの大手は各地に畑と醸造所を持っています。) ・Concha y Toro Don Melchor Cabernet Sauvignon
【写真】 |
■ | ラペル・ヴァレー Rapel Valley (年間降雨量710mm、栽培面積12,838ha) |
中規模ながら改革を行う先進のワイナリーが多く誕生しているラペル・ヴァレー。カチャポアル・ヴァレー、コルチャグア・ヴァレーのゾーンがありますが、砂質、礫質、粘土の痩せた土地をもつコルチャグア・ヴァレーで高品質なワインが生まれている。カサ・ラポストーレのキュヴェ・アレキサンドラやクロ・アパルタ、モンテスのMなどの畑はコルチャグア・ヴァレーの「アパルタの丘」と呼ばれる場所にあります。 ・Montes Alpha M 【写真】 |
■ | クリコ・ヴァレー Curico Valley (栽培面積11,871ha) |
かつてはラペル・ヴァレーに組み込まれていたが、新たに独立したサブ・リージョン。赤と白は約半々生産される。1865年創業というチリで最も歴史の古いサン・ペドロの本拠地で、1200haもの畑が北から南に一ヶ所にあるという。またモンテス、エチュベリア、バルディビエソ、ミゲル・トーレス、カリテラなどもここを拠点としています。 ・Vina San Pedro Cabo de Hornos 【写真】 |
■ | マウレ・ヴァレー Maule Valley (年間降雨量730mm、栽培面積16,996ha) |
西側が海岸山脈、東側がアンデス山脈で、南北に長くなだらかな傾斜した地形。やや湿潤な地中海性気候。冬の雨は多めだが、その後は日照に恵まれた高温乾燥の天気が続きます。夏の気温日較差は15〜18度。 ブドウ栽培面積約17000haという、ラペルを越える最大のワイン産地。土壌は火山性沖積土とロームで水はけがよく肥沃。モリナ地区を中心にチリワインの6割を生産する大供給地。南部ではこれからピノ・ノワールも期待されている。 |
約400年ものワインの歴史を持ち、多くを国内で消費してきた産地ながら、たった20年余で世界に通用するレベルのワインを生み出し、その間の需要の移り変わりにも対応してきた柔軟性。 ざっと、チリのワイン産地をまとめてみましたが、そんなチリのポテンシャルの鍵となるのは、やはりブドウ栽培好適地としての条件が揃っているからではないでしょうか。 1995年に制定された最新のワイン法も、ブドウ栽培適地として厳密な線引きをしているわけではないようで、まだまだ開拓できる未開の地が含まれていると言います。また1990年代に出来た新たなワイナリーが多く、最新の栽培法、醸造法を試しているとはいえ、まだまだ大いなる可能性を残しています。
それぞれのワインに抱いていたイメージに近かったものが多く、ニューワールドの良さを伝える近づき易い果実の凝縮感、適度な酸味によるバランスの良さはどこかボルドーの面影を感じ、日本人の好みに合っていると感じました。またワイナリーの個性もさながら、意外にもそれぞれの産地のテロワールが表現されているようにも思えます。杯が進むにつれ「こんな面白い産地を放っておいていいのだろうか?」と。 最近では、まずボトルでチリワインを飲む機会はなく、試飲会やグラスで試す事が多かったのですが、その度に、ワインブーム当時よりも洗練されたチリの個性を感じていました。またそのコスト・パフォーマンスの良さ(プレミアムといわれるものにおいても)は、他国にはない魅力を感じますし、単なるブームで終わらせるには、もったいない気がします。 チリワインは本当に時代遅れでしょうか? 個人的には、新たなる光が見えた産地。しかしワイン生産者にとってはもともと「理想郷」と言える場所なのではないでしょうか? |
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