May,2001

今月の御題目

太陽と歴史の産地(前編)
北部ローヌ

 フランス、ローヌ地方。ブルゴーニュやボルドーに比べれば、知名度ではかなわないものの、栽培面積5.7万ha、年間総生産量約320万hlは、ボルドーに次ぐフランス第二のワイン生産地。十字軍と縁の深いエルミタージュ、ローマ教皇に由来するシャトーヌフ・デュ・パプ等、フランスでも最古の長いワイン造りの歴史を持つ地方でもあります。
 今回は様々な個性を持つローヌ渓谷のワインについて。上編では強い陽射しを受ける丘に広がるブドウ畑、ローヌ北部。前回のお題目で紹介したオーストラリアのシラーズの故郷です。

(中編ではローヌ南部を、後編ではローヌの歴史を中心にレポートします。)


ローヌ地方

 ローヌ河は意外にもスイスのレマン湖が源流であり、リヨンから90度方向を変え、ヴォージュ山脈水系のソーヌ河と合流し、フランス南部を南北に直下、マルセイユで地中海に流れ注ぎます。コート・デュ・ローヌは、リヨンの南からアヴィニョンまで、南北200kmに渡るローヌ河の両岸に広がるワイン生産地。(アヴィニョンより下流がプロヴァンスとラングドック地区、リヨンから上流はサヴォワ地区。)

 この地方では23種のブドウ品種が認められ、実に多彩なワインが生産されますが、圧倒的に赤ワインが多く、全体の92%が赤ワイン。ロゼが2%、白が6%。

 ローヌ地方は大まかに北部ローヌ南部ローヌに分けられます。右の地図のように北部の栽培地はローヌ河沿岸に集中し、南部では東西70kmにも及ぶ広大な面積を持ちます。面白いことに、中間地帯にはワイン栽培地がなく、これはこの辺りが大陸性気候(北部ローヌ)地中海性気候(南部ローヌ)の分かれ目で、平均気温が低く、雨も多いので、ブドウの栽培には適していない事を表しています。北部と南部は、それぞれの気候やブドウ品種の違いからワインのスタイルも異なっています。

北部ローヌ

 ローマ人の古代都市でもあったヴィエンヌからヴァランスにかけての北部ローヌは、ローヌ・アルプ地域とも呼ばれ、アルプスの冷たい空気の影響を受ける大陸性気候。土壌は主に花崗岩質、または片岩質土壌。

 南部ローヌとの大きな違いとして、ローヌ河を見下ろすような傾斜のきつい斜面にブドウ畑があること。水はけの良い傾斜は雨水を蓄えることが出来ず、限定された狭いスペースに植えられたブドウは、水分を求めて地中深く根を伸ばします。この過酷な条件により、ブドウは自生力を高め、独自の個性を生んでいます。
 また、南仏で栽培されるブドウ品種の北限に当たるため、限られた品種しか栽培されず、1〜2品種のみでワインが造られているという事が特徴として挙げられます。(ローヌ北部=単醸、ローヌ南部=混醸

 こんな栽培地に唯一適応する黒ブドウ品種がシラー、白はヴィオニエ、マルサンヌ、ルーサンヌ。栽培面積と生産量では南部の1/10以下と少量ですが、品質となると北部の方が優れているとされます。
(写真はギガルのラ・ムーリンヌに描かれるコート・ロティの段々畑。)


北部ローヌのワイン
 ブルゴーニュにも匹敵するほどの品質と個性を持つワインが数多くあるこの地域。各AOCの特徴と注目すべき生産者をまとめておきます。

Cote-Rotie
コート・ロティ

シラー
Chateau-Grillet
シャトー・グリエ

ヴィオニエ
Condrieu
コンドリュー

ヴィオニエ
Saint-Joseph
サン・ジョセフ

シラー

マルサンヌ、ルーサンヌ
Hermitage *
エルミタージュ

シラー

マルサンヌ、ルーサンヌ
Crozes-Hermitage *
クローズ・エルミタージュ

シラー

マルサンヌ、ルーサンヌ
Cornas
コルナス

シラー
Saint-Peray
サン・ペレイ

マルサンヌ、ルーサンヌ

* エルミタージュは通常 "Hermitage" と綴りますが "Ermitage" とも表記されます。)
参考 : 地図上のクレレット・ド・ディー、シャティヨン・アン・ディオアというAOCは、ドローム河の上流にあるローヌとしては例外的な産地で、中部地域とも分類されます。クレレット・ド・ディー地区はクレレット種及びミュスカ種を使った発泡酒を多くつくる白の産地。シャティヨン・アン・ディオアは、1974年にACに昇格した地区で、赤、白、ロゼがあります。赤とロゼはガメイが75%以上でシラーとピノ・ノワールが補助品種。白はアリゴテとシャルドネ。ここでは北部ローヌから除いて考えます。)



■ コート・ロティ Cote Rotie
【栽培面積:約200ha 許容最大収穫量:40hl/ha】
 ローヌ地方では最北に位置するコート・ロティは、ローヌ河右岸の南東を向く急斜面に広がり、強い陽射しを受けるため「コート・ロティ:焼けた斜面」と呼ばれています。その「焼けた斜面」に不可欠なのが、アルプスからの冷たい風で、陽射しによる温度上昇を防ぎ、ブドウは適度な酸味を保ちながら成熟します。
 ブドウ品種は基本的にシラー種ですが、ここは伝統的に白ブドウのヴィオニエ種が植えられており、法的には20%まで使用してもよいとされています。ヴィオニエ種を用いるのは、あまりにも強い太陽が奪うブドウの酸を補う意味もあります。
 栽培面積は約200haで、花崗岩系土壌の狭い地区は、斜面や土質の関係でいくつかの区画に分かれており、中でも良いとされるのが「コート・ブロンド : Cote Blonde」と「コート・ブリュンヌ : Cote Brune注1。比較的ヴィオニエが多く栽培されているコート・ブロンドではしなやかさが前面に現われ、コート・ブリュンヌは力強さを持つとされています。風と太陽の希有な自然の恩恵を授かり、ローヌ地方で最も優美な性格を備えた最高品質の赤ワインの産地。
注1 : 畑の表面がブロンド色に見えるコート・ブロンド。酸化鉄の成分が増えることから表面が褐色に見えるコート・ブリュンヌ。マンガンと鉄分の含有量が異なることから、土壌の色合いが変わる。)

● コート・ロティの代表的な生産者とワイン
・E. Guigal (La Landonne【写真】, La Mouline, La Turque)
・M. Chapoutier (La Mordoree)
・Domaine Clusel-Roch (Les Grandes Places)
・Delas Freres (La Landonne)
・Marius Gentaz-Dervieux
・Jean-Paul et Jean-Luc Jamet
・Rene Rostang (Cote Blonde, Cote Brune La Landonne)
・Tardieu-Laurent (Cote Brune)
・L. de Vallouit (Les Roziers)
・Vidal-Fleury (La Chatillonne, Cote Brune et Blonde)



■ コンドリュー Condrieu
■ シャトー・グリエ Chateau-Grillet
【コンドリュー 栽培面積:約100ha 許容最大収穫量:37hl/ha】
【シャトー・グリエ 栽培面積:3.5ha 許容最大収穫量:37hl/ha】

 コート・ロティの南隣は、ヴィオニエ種の白ワインだけを産出するACコンドリューとなります。厚みがあり華やかな香りを持つヴィオニエ種のワインは、世界的に人気が高まり、南フランスのヴァン・ド・ペイや温暖な新世界の国々でも栽培が進んでいます。しかしブドウの持つポテンシャルのわりに、コンドリュー以外の地区での栽培面積が容易に増えないのは、植え付けが難しく、結実不良等で生産量も不安定な要素があるため。
 このコンドリューの中央辺りに、単独のAOCを名乗るシャトー・グリエがあります。シャトー名、ワイン名、そしてAOC名を兼ねた「シャトー・グリエ」の名は広く知られており、ネイレ・ガシェ家の単独所有(モノポール)。1971年までは1.7ha、その後徐々に拡張され現在は3.5haとなっているものの、希少なワインである事には変わりがない。ローヌ河に面した真南を向いた畑、コンドリューが原産地統制される2年前、1938年にAOC指定を受けたという事からも、その秀逸さが分かります。

● コンドリューの代表的な生産者とワイン
・Chateau Grillet 【写真】
・Andre Perret (Clos Chanson, Coteau du Chery)
・Yves Cuilleron (Les Chaillets, Les Eguets, Ayguets)
・E. Guigal (La Doriane)
・Domaine du Monteillet (Grain de Folie)
・George Vernay (Les Chaillees de l'Enfer, Coteau du Vernon)
・Fransois Villard (Coteau de Poncin, Le Grand Vallon, Les Terrasses du Palat)




■ エルミタージュ Hermitage
■ クローズ・エルミタージュ Crozes-Hermitage
【エルミタージュ 栽培面積:約120ha 許容最大収穫量:40hl/ha】
【クローズ・エルミタージュ 栽培面積:約1200ha 許容最大収穫量:45hl/ha】

 エルミタージュは、コート・ロティと並びローヌを代表するワイン。タン・エルミタージュの町の背後に、すり鉢を伏せたような形をした丘。この丘の急斜面がエルミタージュの崇高なる畑。
 クローズ・エルミタージュはエルミタージュの丘を取り巻くなだらかな斜面で、いわばエルミタージュの弟分。生産量は本来のエルミタージュの約10倍、北部ローヌの総生産量約6割を占める最大の生産地区。
 北部ローヌの中で、何故か孤立するように左岸(東側)に位置する2つのアペラシオン。その昔、ローヌ河はこの丘の東側を流れていましたが、アルプス山脈の隆起によって、丘の西側を廻るようになったらしい。そのせいで、ローヌ河はここで大きく湾曲し、エルミタージュの畑は左岸にもかかわらず、河に面した南向きの斜面であり、右岸と同様の土壌を持っています。
 エルミタージュ、クローズ・エルミタージュ共に赤と白を産出、赤はシラー種、白はマルサンヌ種とルーサンヌ種。コート・ロティにおけるヴィオニエのように、赤ワインにマルサンヌ、ルーサンヌを15%までブレンドする事が許されていますが、ここではシラー100%のワインが多い。また、著名な赤ワインに隠れがちな白においても、素晴らしい品質のものが数多く見受けられます。白の生産量の割合はエルミタージュで25%、クローズでは10%位。
 この地区で認可されている特殊なワインとして「ヴァン・ド・パイユ : Vin de Paille注3があります。これは収穫後、最低2ヶ月間麦藁(Paille)で乾燥させるか天井に吊るすかして、糖分を濃縮させて造ったワイン。生産量は限られますが探す価値のあるワイン。

注3 : Vin de Pailleに限っては、許容最大収穫量15hl/ha。ジュラ地方が有名な産地でもあり、こういった手法を「パスリヤージュ Passerillage」と呼びます。写真は常に高い評価を受けるシャプティエのヴァン・ド・パイユ。)


● エルミタージュの代表的な生産者とワイン (赤,白の記入のないものは赤)
・M Chapoutier (赤:Le Pavillon, L'Ermite【写真】, Le Meal 白:de l'Oree, Le Meal)
・Paul Jaboulet-Aine (赤:La Chapelle 白:Chevalier de Sterimberg)
・Jean-Louis Chave (赤,白)
・Delas Freres (Les Bressards)
・Bernard Faurie (Le Meal)
・Marc Sorrel (Le Greal)
・Tardieu-Laurent (Vielles Vignes)
・Cave de Tain l'Hermitage
● クローズ・エルミタージュの代表的な生産者とワイン
・Albert Belle (Cuvee Louis Belle)
・Dom. Colombier (Cuvee Gaby, Clos des Grives)
・Alain Graillot (Cuvee La Guiraude)
・Paul Jaboulet-Aine (Domaine de Talabert, Domaine Raymond Roure)



■ サン・ジョセフ Saint-Joseph
【栽培面積:約950ha 許容最大収穫量:40hl/ha】

 1956年にAC地区となったサン・ジョセフ(他の産地は1936年から1940年の間にアペラシオンを取得)。コンドリューの地続きから南北約50kmに広がる産地で、北部ローヌの中ではクローズ・エルミタージュに続く第二位の生産量。ほとんどが赤ワインで、白は全体の1割以下。
 クローズ・エルミタージュの対岸となるので、その個性、使用ブドウ品種、法規制もよく似ています。知名度においては控えめで過小評価されがちですが、フルーティーで良質の果実味を持ったワインは、価格も控えめなので注目の価値あり。ただ栽培面積が広いので、造り手を選ぶ必要もあり。

● サン・ジョセフの代表的な生産者とワイン
・M Chapoutier (赤,白:Les Granites)
・Domaine Courbis (赤:Les Royes)
・Domaine Gonon (赤,白)
・Domaine Cheze (赤:Cuvee Prestige Croline, Cuvee des Anges 赤,白:Cuvee Ro-Ree)




■ コルナス Cornas
【栽培面積:約90ha 許容最大収穫量:40hl/ha】

 サン・ジョセフの南に位置するコルナスでは、シラー種からの赤ワインのみが産出されます。どっしりとした逞しいワインを産し、最上のものはエルミタージュに匹敵、高い評価を受けています。
 コルナスで特筆すべきは、ジャン・リュック・コロンボ氏の存在。マルセイユ生まれの彼は1983年から醸造コンサルタントとして100以上のワイン造りに携わり、1987年よりドメーヌとしてスタート、現在は5haを超える畑を持つ。近年、コルナスが注目されるようになったのは、彼の功績が大きい。(写真はコロンボのコルナス・レ・ルシェ)

● コルナスの代表的な生産者とワイン
・Jean-Luc Colombo (Les Ruchets【写真】, La Louvee)
・Alain Voge (Les Vieilles Fontaines)
・August Clape




■ サン・ペレイ Saint-Peray
【栽培面積:約60ha 許容最大収穫量:45hl/ha】
 コルナスが赤ワインだけなのに対して、サン・ペレイは白だけの産地。地区としては広いものの、畑は分散し栽培面積は60ha程度。アペラシオンとしては、 Saint-Peray と Saint-Peray Mousseux があり、スティル・ワイン以外に、シャンパーニュと同じ瓶内二次発酵で造られる辛口のスパークリング・ワインがあります。


フランス最古のブドウ畑

 ワインの世界において、長い歴史を持つフランスですが、中でもローヌは、最古のブドウ栽培地と言われます。その歴史はローマ時代を遡り、各アペラシオンにまつわる記録が残されています。

 コート・ロティではBC58年にシーザーが対岸のヴィエンヌを軍隊駐屯地にしたころからブドウ栽培が盛んになったとされますし、コンドリューにおいては、3世紀頃ローマ人がヴィエンヌに植民地都市を形成した時、市民のためのワイン供給地として栄えたと言います。

 そしてフランス最古のブドウ畑であり、最も知られた逸話を多く残すのがエルミタージュ。紀元前6世紀頃のギリシャのワイン壷が発見されており、当初からシラー種を栽培していました。
 その名の由来については、1224年スペイン遠征の戦いに破れた十字軍の騎士ガスパール・ド・ステランベールが、エルミタージュの丘の頂上近くに小さなチャペルを建て、その周りに葡萄を植えて畑を造り、余生を仙人(hermit)として過ごしたということからHermitage(仙人の隠れ家)と呼ばれるようになったという伝説が残っています。
 このチャペルは現在ポール・ジャブレが所有し、ローヌで最も高名なワインの一つであるジャブレの最高峰「ラ・シャペル」の名となっており、同社のエルミタージュの白「ル・シュヴァリエ・ドゥ・ステランベール」(写真)には十字軍騎士がエチケットに描かれています。

卓異と伝統

 前回のお題目で紹介したように、オーストラリアでのシラーズ種の別名はハーミテイジで、フランス語ではエルミタージュ。また19世紀頃のボルドーワインにはエルミタージュがブレンドされていたこと(エルミタゼ)が知られており、実際にシャトー・ラフィット・ロートシルトやシャトー・マルゴーにもブレンドされていました。これらの事象はいかにエルミタージュというワインが銘酒としての地位を保っているかという事、そして長い歴史を持ったワインである事を証明しているように思えます。

 近年、北部ローヌの中でも、世界の時流にならうように新樽を用い、高い品質と評価を得ている造り手が存在します。E.ギガルはコート・ロティにおいて「ラ・ムーリンヌ」「ラ・ランドンヌ」「ラ・トゥルク」というワインを産み出し、揺るぎない名声を獲得し、またM.シャプティエは、エルミタージュにて「ル・パヴィヨン」「レルミット」「ル・メアル」など一連のプレスティージュをリリースし、フランスでも指折りの銘酒の仲間入りをしています。

 当然の事ながら北部ローヌにおいて、ギガルやシャプティエのワインはファン垂涎の逸品でありますが、ある意味「卓異」とも言え、多くの生産者はこの地での伝統的な古樽を使用しクラシックなスタイルを守っています。これは新樽が畑のテロワールを覆い隠すという理由からで(言わずもがなその建前にアグラをかく生産者も居ることでしょう)、上記のポール・ジャブレジャン・ルイ・シャーヴ等は「伝統」の味わい、ブドウの育つテロワールを表現したワインを生産していると言えるでしょう。

 アルプスからの冷たい風、照り付ける太陽、あまりにも急な傾斜地、限定された栽培地。この特異な環境こそが北部ローヌの特等席。長い歴史を持つローヌのワイン。知らず知らずのうちに「卓異」なワインには憧れを抱き、そして「伝統」のワインには敬意の念を感じていたのは私だけでしょうか?

次回(中編)ではローヌ南部について 次々回(下編)ではローヌの歴史について レポートしています。


今月の味わいのあるワイン2000年5月
では北部ローヌのワインを
今月の味わいのあるワイン2000年6月
では南部ローヌのワインを
今月の味わいのあるワイン2000年6月(2)
ではACコート・デュ・ローヌのワインを
特集しています。

参考文献
太陽の香り
世界ワイン大全
ワイナート
フランス・ワイン・ガイド
厳正評価 世界のワイン
ソムリエ・ワインアドバイザー・ワインエキスパート 教本

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