March,2001 (2)

今月の御題目

自由な国オーストラリア(後編)
ペンフォールド・グランジ

 ブドウ栽培に適した豊かな自然を持つオーストラリア。前編ではその概要を説明しました。「原産地呼称」にとらわれない自由な発想から生まれた「マルチ・リージョナル・ブレンド」、そして代表的な品種である「シラーズ」にも触れました。
 後編ではこの国で最も著名なワイン、そして「マルチ・リージョナル・ブレンド」「シラーズ」の代表とされるペンフォールド社のグランジについてレポートしたいと思います。


ペンフォールド : グランジ

 オーストラリアのワイン、そしてシラーズを語る上で避けて通れないのが、ペンフォールド社のグランジ(Penfords Grange)。ペンフォールド社は、1844年、創業者のクリストファー・ローソン・ペンフォールド氏により興され、現在オーストラリアでは最も大規模なワイナリー。 クリストファー氏は医師であり、治療用の薬としてワインを造るため、彼の農場の小屋周辺にブドウを植えたのが発端。

 ペンフォールド社近代の歴史は第2次世界大戦後、主任ワイン醸造家であるマックス・シューバート氏とともに始まりました。ポート等の酒精強化ワインが主流であった1950年、スペイン研修を終え、帰路途中でボルドーに立ち寄った際、40〜50年もかけて熟成したクラレットに魅了されたといいます。その後、テーブルワインの時代が到来する事を信じ、世界最高レベルのワイン造りを目指すことになります。

「十分に産地と畑を選び、適切な醸造方法を用いれば、私の望むスタイルのワインが造れると確信していた」というシューバート氏は、ボルドーのワイン醸造技術にヒントを得、グランジを開発する過程で、その技術をシラーズに応用。その方法は一種独特であり、ヨーロッパ流の畑を選ぶことからではなく、多数の地域から良いと思ったワインを集め、それらをアッサンブラージュ(ブレンド)することでスタイルを作りあげました。そういった意味では、このワインが現代オーストラリアの特徴である「マルチ・リージョナル・ブレンド」のパイオニアと言えるでしょう。

 今でもグランジには専用の畑は無く、性格の違う複数の畑から選ばれた数十年から100年に及ぶ老樹を剪定し、収穫を抑えた上、グランジにふさわしいロットを選別。アメリカンオークの新樽で約18ヶ月の熟成、清澄処理は行わないが濾過処理は行うということ。そして瓶内熟成4年を経て出荷されます。もともと「グランジ・ハーミテイジ」と呼んでいましたが、1990年から単に「グランジ」と称するようになりました。注3

 1951年が初ヴィンテージで、当初3年間はシラーズ100%で生産、それ以降は少量のカベルネ・ソーヴィニヨンをブレンド。この頁最後に WINE DATA を添付しましたが、調べてみるとカベルネは多い時で14%程度。興味深いことに1991年以降のヴィンテージはシラーズ100%のようです。

 1951年ヴィンテージは「辛口」という理由で会社から発売を許可されず、1957年にはコスト高、販売不振という理由により生産中止命令の出されたこのワイン。当初、他のワインメーカー達には「潰した蟻の匂いのする辛口ポート」という酷評を受けたと言います。注4
 今では名実ともにオーストラリアの王者として君臨するグランジ。1962、1955のヴィンテージがシドニーショーで金メダルを獲得し評価を得たワインは、1995年には有力な米国ワイン誌「ワインスペクテーター」が"グランジ1990"にワイン・オブ・ザ・イヤーの栄誉を与え、その名声は揺るぎないものとなっています。しかし、正直なところ「本当に美味しいのだろうか?」という懸念を抱いていました。

注3 : ハーミテイジはオーストラリアでは、シラーズの別名。フランス語ではエルミタージュ。シラー種から造られるフランスの名高いAOCエルミタージュとの混同を避けるため。写真は1989年、"Grange Hermitage"とされています。)
注4 : 1960年、正式に再製造が許可されるまでシューバート氏は秘密に造り続けていました。)


グランジの独自性

 幸いにもこのグランジ、1989年、1979年、1969年という10年毎のボトルを垂直で頂く機会に恵まれました。ほんの少し前に1992年ヴィンテージを頂き、感動した後だっただけに、その個性を感じる素晴らしい体験でした。

 ワインの状態も素晴らしく、1989の底が見えないほどの黒みがかった濃色から1969のまるで熟成したブルゴーニュのような、やや明るめのルビーに変化することがよく分かります。どのワインもとても艶やかな色、1989が最も澱が多かったのが面白い。

 1992そして1989に見られる、アメリカン・オークの甘い感じがグランジの顕著な特性だと思います。1950年代に酷評されたという「蟻を潰したような香り」はある意味、正解なのかもしれません。樹液の甘さ、土、ゆで小豆の香り。ブラック・ベリーの奥から、グラーヴ辺りのワインにありそうなミネラルとミントの香りが複雑に混ざり合う姿は、かなり個性的。ワインの勢いとまろやかさを兼ね備えた濃密なワイン。

 1979はこのワインとしては、3本の中では一番おしとやか。閉じているというより個性的な2本に挟まれ、一番バランスのとれたこのワインが目立たなかったということでしょうか。1989より高めの酸によるアタック。程よい熟成により、チェリーやプラムの果実が美味しい。

 1969は熟成したシラーの特徴がよく出ていると思います。果実の甘さと揮発香、酸が調和していて、無花果、ドライフラワーのブーケが優雅。最も印象的だったのは抜栓後2時間位で、瓶底のワインがスパイシーで動物的な香りを放っていました。

 全てのワインが共通のニュアンスをちゃんと持っていて「Australian No.1 Red Wine」の貫禄を感じさせる有意義なテイスティング。ヨーロッパの「原産地呼称」とは違うものの、それぞれのブドウがテロワールの恩恵を受け、最大の力を発揮した時のパワー。土地の魅力を十分に感じる酒質。そして他に類を見ないグランジだけが持つ独自性。

 18世紀のボルドーでは、実際にローヌ地方の「エルミタージュ」注5がブレンドされていたと言いますが、今のフランスにおけるワイン法では不可能なこと。世界中のワイン生産者が研修に行くというほどの栽培・醸造における研究水準の高さ、消費者の嗜好調査、多くの優れたワインメーカーが存在する国オーストラリア。前例なき新しき産地だからこそなし得たのかもしれませんが、固定観念にとらわれない自由な発想こそ、現代オーストラリアの魅力。
 人の知恵と土地の個性が産んだ偉大なるグランジに魅せられ、オーストラリアからますます目が離せなくなりました。

注5 : フランスを代表するシラー種のワイン。ボルドーのワインにエルミタージュを混ぜることは、メドックの格付け1級シャトー、ラフィット・ロートシルトでさえも行われていました。)



WINE DATA

1992 Penfolds Grange
Regional sources: Barossa Valley, McLaren Vale & Coonawarra South Australia
Grape Variety: Shiraz
Alcohol: 13.5% Total Acids: 7.0 grams per litre. pH: 3.32

1989 Penfolds Grange Hermitage
Regional sources: Kalimna (Barossa Valley), Barossa Valley & McLaren Vale
Grape Varieties: 91% Shiraz & 9% Cabernet Sauvignon
Alcohol: 13.5% Total Acids: 6.8 grams per litre. pH: 3.54

1979 Penfolds Grange Hermitage
Regional sources: Magill (Adelaide), McLaren Vale, Clare Valley & Kalimna (Barossa Valley)
Grape Varieties: 87% Shiraz & 13% Cabernet Sauvignon
Alcohol: 13% Total Acids: 5.6 grams per litre. pH: 3.72

1969 Penfolds Grange Hermitage
Regional sources: Magill (Adelaide), Morphett Vale (Adelaide), Clare Valley, Coonawarra & Kalimna (Barossa Valley)
Grape Varieties: 95% Shiraz & 5% Cabernet Sauvignon
Alcohol: 12.4% Total acids: 6.1 grams per litre. pH: 3.69



今月の味わいのあるワイン2000年3月
今月の味わいのあるワイン2000年3月(2)
ではオーストラリアワインを特集しています。

参考文献
世紀のワイン : VINS DU SIECLE
ワインの自由
世界一ブリリアントなワイン講座

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