「金利がマイナス」どういうこと?
金利がマイナスになるなどということは、通常ありえない。
お金を預かった方が金利を支払い、預けた方が金利を受け取るのが大昔からの常識だ。マイナス金利は、その常識が逆転し、お金を預ける方が金利を支払って、預かる方が受け取ることになる。表面的に見れば、お金を預けた方が損をする。
 「損をするとわかっているのに、誰が好き好んでお金を預けるのか」という素朴な疑問がわいてくる。
 だが、歴史的に見ると、過去に何度もマイナス金利があった。現在もある。表面的には損をするように見えて、実は、マイナス金利でもお金を預ける理由があるからだ。
 なぜ、そんなことがありうるのか、これまでの事例を振り返りながらマイナス金利とは何かを探ってみよう。
 最初に整理しておきたいのが、実質金利と名目金利の関係だ。
経済の世界では、物価の変動による影響を差し引いたものを実質と呼ぶ。これに対して、物価の変動を差し引く前のものが名目だ。名目国内総生産(GDP)から物価変動分を差し引いたものが実質GDPだ。 実質成長率と名目成長率、実質賃金と名目賃金などさまざまな場面で使われる。
 金利にも実質と名目がある。名目金利から物価変動分を差し引いたものが実質金利だ。
 実質金利がマイナスになることがある。たとえば、年5%の金利がつく預金をしても、1年間に物価が6%上昇したとしたら、1年後の預金の価値は、預けて時よりも目減りしてしまう。これが、実質金利のマイナスだ。
 実質金利のマイナスは、それほど珍しいことではない。急激なインフレに見舞われた途上国などで起きることがある。
 今回、日銀が導入を決めたマイナス金利はこれとは違う。物価の上昇により、実質的な金利がマイナスになってしまうという結果論ではなく、はじめから金利がマイナスに設定されているのだ。
 こうした名目金利のマイナスは珍しいが、世界的にはいくつかのケースがある。
一番わかりやすいのが、個人が銀行に預ける預金や、個人が銀行から借りるローンの金利がマイナスになる例だ。
 最近ではドイツやスイス銀行が預金者から預金額の一定割合を「徴収」したことが話題になった。お金を預かる際の手数料ともいえるが、マイナス金利ともいえる。
 デンマークでは、一部の住宅ローンの変動金利がマイナスになった例だ。国債は、本来なら、買うときの価格より、満期時までの受け取り額の方が多く、その差額が利回りになる。
しかし、満期時までに受け取れる金額より高い価格で国債が売買されたことがある。買った人はそのままでは差額分だけ損をする。
 利回りがマイナスになることになる。
三つ目は、インターバック、つまり銀行間の短期取引で起きたマイナス金利だ。
 銀行同士の間では、日々、資金の融通が行われている。コール市場などと呼ばれ、お金が余った銀行から、お金が足りない銀行に貸し出される。貸し借りしたときの金額より、返済時の金額の方が少ない取引が成立することがある。差額分がマイナス金利だ。
四つ目が中央銀行と民間銀行との取引で起きるマイナス金利だ。各国の中銀は「銀行の銀行」と呼ばれるように、民間金融機関の預金を預かっており、この口座が中銀を含めた金融機関の決済の場になっている。
 ユーロ圏の中銀に当たる欧州中央銀行(ECB)は14年6月、民間銀行から預かる金利をマイナスにした。 デンマーク、スイス、スウェーデンなどの中銀もマイナス金利を実施している。
 以上、四つのいづれのケースでも、貸したり預けたりする側が金利分を負担することになる。では、なぜ、金利分を負担してまでお金を貸したり預けたりするのか。
 理由は様々だ。一番単純な理由は、お金を自分で管理すると、コストやリスクを負担しなければならないということだ。
 巨額の資金を紙幣で持つためには、巨大な金庫が必要だし、セキュリティーシステムも欠かせない。専門知識がある管理人や警備員も雇わなければならない。出し入れや運搬をすれば、そのたびにコストが増える。規模にもよるが、「1年間で保管金額の1%程度のコストがかかる」ともいわれている。
 自分で持つのが嫌だからと言って、誰かに貸し出すと、返済が滞ったり、焦げ付いたりする危険性がある。
 こうしたコストやリスクを考えると、多少の負担はかかっても、安心できる銀行に預けておいた方がいいという考え方も成り立つ。
 たとえば、高価な財宝などを持っている人が、使用料を払って銀行の貸金庫を借りているようなものだ。
 決済のために、「一定のお金を口座に預けておく必要がある場合もある。
 個人でも、公共料金の引き落としやクレジットカードの決済に備えて、銀行口座の残高に余裕を持たせおく必要がある。
 銀行間では、中央銀行の預金口座を使ってお金を引き出したり、振り込んだりする決済を行っている。預金が少ないと、一時的に決済預金が不足する恐れがある。
 現金を持ち歩いて決済するより、多少の費用がかかっても、預金口座の引き出しや振り込みで決済する方が得な場合もあるのだ。
 そのほか、複数の通貨を利用する場合、金利がマイナスでも外国為替取引で利益がカバーできることもあるし、国債の取引では、期間の途中に中央銀行に高い値段で買い取ってもらうことを想定できる場合がある。 


   今回、日銀が決定したマイナス金利は、四つ目のケースに当たるものだ。
 金融機関が日銀に預けている当座預金のうち、一定の金額を超えた部分にかかる金利を16年2月16日からマイナスにする。具体的には、すでに金融機関が日銀に預金している部分(15年の平均残高)については、これまで通り、年0.1%のプラス金利を維持する。また、法律に定められた「所要準備額」や一定の政策目的に即した預金は、ゼロ%とする。このどちらにも当てはまらない預金に対して、マイナス0.1%の新しい金利を適用する。つまり、特別な理由がなく、新たな積み増した預金についてだけ、マイナス金利が適用されるというものだ。
 日銀によると、導入当初、0.1%のプラス金利が適用される預金は約210兆円、ゼロ金利が適用されるのは約40兆円で、問題の0.1%のマイナス金利が適用されるのは約10兆円とみられる。ただ、金融緩和に伴って、日銀の当座預金残高は増加傾向にあり、制度変更がなければ、3ヶ月後にはマイナス金利の対象が30兆円程度増えることになる。
 3段階に分けてのは、金融機関への影響を緩和するためだ。預金金利がマイナスになれば、預けている金融機関にとっては、今まで受け取っていた金利を逆に支払うことになり、経営にとって打撃になる。部分的に実施することによって負担を軽減できることになる。
 金融機関に一定の配慮をしたとはいえ、極めて異例の措置であることには違いない。なぜ、日銀はマイナス金利に踏み切ったのか。基本的には、なかなか進まない「デフレ退治」の切り札にしようという狙いがある。
 日銀は、デフレを克服し、景気を回復させるために、13年4月に大規模な「量的・質的金融緩和」を実施した、その後も、追加緩和や補完的な措置を相次いで打ち出した。
 アベノミクスの一翼を担ったこの措置は、一定の効果を発揮してきた。市場では、一時的な変動を繰り返しながらも、中長期的には株価が上昇傾向にあり、外国為替相場も円安方向に動いている。企業業績も大企業を中心に改善しつつある。雇用も増えており、賃金も上昇し始めている。
 ただし、肝心のデフレからの脱却は道半ばだ。日銀自身が掲げる「消費者物価の2%上昇」という目標も、実現が遅れている。
最近では、中国経済の低迷や、原油価格の急落、中東での政情不安など、国際的な波乱材料も増えて、企業経営者や消費者の心理にもかげりが見え始めた。そこで、デフレ脱却と景気回復を進めるため、金融緩和をさらに拡大することにした。 それでは、今回のマイナス金利が、なぜ、金融緩和の拡大策になり、デフレ退治や景気回復につながっていくのか。
 日銀は、これまでの金融緩和策で、大量のお金を金融機関に供給し続けてきた。世の中に出回るお金を増やせば、企業や個人がお金を借りやすくなり、設備投資や住宅購入などが増えて、景気が良くなるからだ。
しかし、日銀が金融機関に供給したお金の一部が、金融機関の日銀当座預金の口座に滞留したままで、企業や個人への貸し出しに回っていないという問題が起きている。この預金の金利をマイナスにして、預けていると損をする状態にすれば、金融機関は預金をせずに、企業や個人への貸し出しに回るはずだという狙いだ。さらに、日本の金利の低下は、円の価値の下落につながるから、外国為替市場での円高を防ぎ、円安に誘導する効果も期待できる。また、日銀史上初のマイナス金利という意外性がある政策を断行することで、内外の市場に日銀の強い意思を示すというアナウンスメント効果もありそうだ。事実、発表直後に、為替相場は円安に動き、株価は大きく上昇した。