辺野古 土砂投入

米軍普天間基地の移設先である沖縄県名護市で、本格的な埋め立て工事が始まった。県は強く反発しており、建設できたとしても、円滑な運用ができるかどうかが懸念される。どうすれば沖縄県民の理解を得られるのか。安倍政権はさらなる努力をすべきだ。

 日米安全保障条約は、米軍基地用地の提供を日本政府に義務付けている。日本の防衛が米軍に依存しているのは事実であり、沖縄県の玉城デニー知事もそのことを争っているのではない。在日米軍の専用施設の7割が同県にあるのは負担が偏りすぎだ。これが県の主張である。日本の安全は、すべての国民、すべての地域が負うべき課題であり、もっともな言い分だ。

 普天間移設が政治課題になって20年以上がたつ。いまさら移設計画を白紙に戻すのは現実的ではない。だからといって。力ずくで反対運動を抑え込めばよいのか。本土から多くの機動隊員が名護市に送り込まれているが、ずっと居続けるのだろうか。

(報道では境界線上にカミソリの刃を機動隊員が縛り付けたり、本土では考えられない)

 土砂が投入されたことで、大浦湾の豊かな自然がもとに戻ることはなくなった。安倍政権内に「これで県民も諦めるだろう」との声があることは残念だ。

 いま国がすべきことは、沖縄の過重な基地負担がどう解消されていくのかを、わかりやすい形で県民に示し、少しでも理解の輪を広げることだ。

 過重な負担には、広大な基地面積だけでなく、騒音、振動、悪臭や米軍人の犯罪をきちんと取り締まれない日米地位協定の不平等性という問題もある。

 地位協定の改定に取り組む姿勢をみれば、県民が抱く「東京はワシントンの言いなり」という不信感を和らげるだろう。

 責任は本土の国民にもある。「沖縄は借地料をもらっておいて文句をいうな」という人がいる。基地用地のほとんどは、戦時に収奪されたものだ。対等に結んだ契約とは話が違う。歴史を知れば、そんな悪口は出ないはずだ。何より憂慮すべきは、自らに異を唱える人たちには徹底して冷たく当たり、力で抑え込む一方で、意に沿う人々には経済振興の予算を大盤振る舞いするなどして、ムチとアメの使い分けを躊躇しない手法である。その結果、沖縄には深い分断が刻み込まれてしまった。

 国がこうと決めたら、地方に有無を言わせない。亡くなった翁長前知事は、こうした政権の姿勢に強い危機感を抱いていた。

 沖縄に対する政権のやり方が通用するのであれば、例えば原子力発電所や放射性廃棄物処理施設の立地・造営などめぐっても、おなじことができてしまうだろう。そんな国であっていいのか、いま日本に住む一人一人に突き付けられている問いである。