備後は伊予絣の産地である−と書けば、驚 かれるだろうか。伊予に限ら ない。琉球絣、浜絣(鳥取)、久留米絣の 西日本各地の絣の産地でもある。 今風に言えば、OEM。相手先ブランドによる 生産である。手がけているのは、 福山市芦田町の「陶山染織」と「渋谷産業 」、陶山染織の陶山正巳社長 (74)がこんな逸話を披露し、カッカッ カと笑った。 「先日もある人が『松山市の餅会館でお宅 のとそっくりな伊予餅を見た』と 言うんで、『そりゃ、ウチの製品よ』と教 えたんじゃ。今、伊予餅の50〜 60%はウチが作っとるのでは」 渋谷産業の渋谷勝彦常務(41)も言う 。「木綿の琉球絣のシェアの7、8 割はウチが占めているはず」。現在、渋谷 産業が琉球を、陶山染織がその 他の産地の絣を受注しているOEMの歴史は意 外と古い。渋谷産業でざっと 20年。陶山染織では30年以上になる。 「備後の絣業界は機械化に熱心で、 備後の機械を他産地でも使っていた。それ で糸使いなど少し工夫すれば、 他産地の柄も織れた」と陶山社長。備後絣 協同組合年譜にも「1933 (昭和8)年、芦品郡駅家町の山本徳右衛 門が動力織機の発明に着手。35年、 完成。業界が導入し、一種の革命をもたら した」とある。その後の改良 には、備後で発達した鉄工所が大きな役割 を果たしたこ 人的要因もまた無視出来な い。 渋谷産業ては、渋谷常務の母親ツネ子さん(67)の存在。手先が器用 で、もう45年以上も織機を操り続けて いる〕 「琉球は柄合わせが難しい。母がいなか ったら、手を出ごなかったてしょう」 と渋谷常務。陶山染織では、陶山社長の存 在。月に20日は売り込みに全各地を飛 び回っている。