日本だけでなくローマやインドの文化の中にも、衣食住の「衣」において
単純なデザインから 豊かで見る人を魅了する布が研究されてきました。
江戸時代後期、「木綿」が奨励され日本全国で「木綿綿」の栽培から草木染め
藍染め「足踏み織機」を経て 庶民におしゃれの気風が育っていきました。
広島県西は備前、東は備後。江戸城の築城に携わった「水野勝成公」福山城主
は 福山一円/備後を木綿の産地に育てて 現在の備後一円を織物の産地とする基礎を創りました。「足踏み織機」で36p、160pの布幅が織れる今の織機までの歴史の中で、
備後絣にスポットを当ててみます
日本三大絣「久留米」「伊予」「備後」。江戸末期、時を同じくした頃発祥。
昭和10年、足踏み織機からモーターを駆動力とした「動力織機」が備後で
発明され一挙に生産量増やす。
支那事変、第二次大戦となるも、昭和二七年「備後絣協同組合」結成を期に
約10年間のピークには300−600万反/年産。これはズボンの形をした
「もんぺ」の量にして、900−1800万本、シェア70%。
ピークを過ぎると布幅90pを越える動力織機の開発により「織布工業」の
使命を終え「日本伝統的工芸品」として、また「足踏み織機」による
個人的な趣味/カルチャーの位置に、まさに100年前の生産量に戻ろうと
しています。
現在年産約2万反。職人の高齢化などに押しつぶされそうな今、日本の
綿絣/久留米、伊予、備後がこのまま消えても良い物か考えています。
ローマ(イタリア)のプリント、インドの絣。ちりめん、大島、結城紬
等の絹織物。そして、木綿の絣
ティッシュカバー
のれん
花瓶敷き テーブルセンター
のぼり
パッチワーク(こたつ掛け クッション 壁掛け ベッドカバー)
お菓子屋さんの「絣ようかん」、絣柄が入れて有る。 左には私の好きな「絣もなか」。
つぶあんがいい。


